吉野川源流の白猪谷〜生まれたばかりの無垢の水の行方(9/21写真掲載)
吉野川源流の村

 本川村は、吉野川の最源流に位置する。吉野川本流には、長沢ダム、大橋ダム、支流の大森川には大森ダムがある。いずれも深い渓谷で人が住みたいと思えるような場所ではない。
 高度経済成長を支えるべく次々とダムが建造されたのは昭和40年代。村はダムの建設を受け入れたことにより一時的に潤ったかもしれないが、かえって村のコミュニティが崩壊した。ダムの補償金を得て村から出ていった人も少なくないだろう。しかし代償はあまりに大きかった。人々はダムによって心の拠り所(ふるさと)を失ったのではないか。

 役場から上流は道路工事で通行制限があるが、この日は日曜日なので工事は行われていなかった。長沢ダムは巨大な貯水池である。モスグリーンに濁った水は人知れず山奥にある環境破壊の深刻な実態を訴える。

 長沢ダムは延々と続き、対向車の見えない細い道(ダムができたのにもかかわらず道路整備はなされていない)を半時間ほど走ると、ようやくダムの溜水域(バックウォーター)は終わり、川が本来の色を取り戻す。
 役場から約40分。吉野川源流の白猪谷と名野川との分岐にたどりついた。

白猪谷の水の色はなぜこんなに青い

 筒上山、手箱山から東流する名野川、瓶ケ森から南流する白猪谷が合流する。この白猪谷が吉野川源流である。
 同じ筒上・手箱山系であっても南面に下れば、安居川となってわさび田を潤し、仁淀川中流に注ぐ。東南の集水域からは、大森川となって数キロ下って大森ダムで水の使命は終える。西斜面に降った雨は面河渓谷に合流して仁淀川源流となる。このうち北斜面に降った雨が名野川として成長し、瓶ケ森の水を集めた白猪谷と合流して吉野川源流が誕生する。そのドラマを思うとき、二つの川の出会いは奇跡だと思うのだ(源流点はここから歩いて3〜4時間はかかりそうだ)。

 てのひらですくってそのまま飲める水。それが青みを帯びた岩盤(緑色片岩だろうか)や白い河床に横たわっている。どのような言葉でも言い表せない水の表情。

 白猪谷、名野川が合流する源流域は、人が汚す前の川を人間に見せるためにあるのだと思う。それは赤ちゃんのようだ。太古の川はこの水が海まで届いていたのだろうと思うと胸が熱くなる。

 しかし生まれたばかりだというのに吉野川源流は、わずか5〜6キロ流れて長沢ダムが墓場となる。長沢ダムの水は永遠に澄むことはないし、源流の水が海にたどり着くこともない。

 それでは上流に次々とダムをつくられた吉野川がどうして川としての命脈を保っているのか。それは、ダムの下流に流れ込むダムのない支流がもたらす清冽な水である。

 実際、早明浦ダムから下流は、汗見川の清らかな水が流れている。それらにいくつもの支流や山からの湧き水を集めて吉野川は再び成長する。

 四国山地の山懐は幾筋もの水の通り道を持っている。図面や河川工学からは川は見えてこない。現地に行き、心の目で川を見つめ、その懐に抱かれてみることだ。

 ぼくは、流域の森を自然の回復力と人の手助けで甦らせ、ミネラルの多い澄んだ水を海まで流してみたいという夢を捨てきれない。

(吉野川源流俯瞰図/カシミール3Dで作成)
 
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