完成された松下の紙パック式の掃除機MC-S86XD
近所の大型電気店で十年ぶりぐらいに掃除機を買った。この店(チェーン)では、どの清掃機がいいかを聞くと、誰に聞いても的確なアドバイスが得られる。メーカーとの付き合いで新製品は仕入れて展示していてもその是非については的確に評価しているようだ。そのため類似の家電量販店のなかではいつ行っても賑わっている。徳島市内で開店した際には、1週間前から泊まり込み客が開店を待ったという。

松下電器といえば、白物家電の代表的なメーカーだが、近年経営不振に陥り、大量生産のベルトコンベアを取り去ってしまった。大量生産、大量消費の時代は終わりを告げた時点で、湯水のごとく大量に生産して適切な価格で届けようとする経営方針(高度経済成長期にどれだけ多くの人が松下電器製品を買い求め、またそのお陰で暮らしが便利になったことか)がそぐわなくなった。事業部制が機能していたときは、そのカテゴリーでの品質や使い勝手は確かに良くてナショナルを選んでおけば失敗しないという感覚があった。

うちでも初代から掃除機はナショナルだ。途中何社か買えてみたが、基本性能や使い勝手が断然違う。しかも耐久性が高い。現在うちで一番稼働することが多いのは、一番古い松下製だ。

とはいえ、老朽化した一機に依存しているので負担が重くなり、新しい掃除機が必要となった。そこで、排気や騒音に配慮があってもちろんホコリを取るという基本作業能力が高いということを条件に他メーカーも含めて候補を絞り込んだ。

ここ数年人気なのは、サイクロン機構の掃除機である。サイクロン式とは、紙パックが不要で、吸引する際に渦を巻き起こして遠心力でゴミと空気を分けるというもの。紙パックがないことで目詰まりが起こらないため吸引力が落ちないという利点があり、取ったホコリが目に見えることでなんだか魔法を見ているような掃除機である。サイクロン式で掃除が楽しくなったという声は少なくない。ただし排気がきれいといううたい文句については、構造上疑問が残る。どうしても細部の継ぎ目からホコリが漏れやすいといわれるからだ。

高性能掃除機といえば、通販生活がよく取り上げるミーレがある。20年の耐久性と強力な性能、きれいな排気をうたっており、基本性能の高さは誰も異論がない。やや高価であるが、いいものを長く使いたいという家庭には絶大な支持がある。

ミーレは性能は良いが、やや重い。日本のメーカーに真似できないわけではないだろうが、基本的な性能がいくら良くても見映えが従来型と変わらないミレーのようなタイプは、マーケティング的に日本市場でペイしないと判断するのだろう。しかしそれは伝えたいことを真剣に伝えようとしていないだけに思える。それが証拠にミーレの掃除機はホンモノ志向の人たちに支持を得ている。けれど大多数の消費者は、紙パックが不要でホコリがくるくると渦を巻いてたまっていくスケルトンカラーのサイクロンタイプに人気が集まる。

冒頭の店では、サイクロン式の良さも認めたうえで、あえて紙パック式の伝統的な掃除機を奨めた。それが、ナショナルMC-S86XDである。紙パック式掃除機の完成型といってもよいだろう。この掃除機が置いていない電気店は、いいものを選んで提案せずに、その時点で売れるモノしか置かないという経営姿勢を示したことになると思う。

さっそく買って使ってみた。驚いた。紙パック式だって地道な改良を重ねて使いやすく進化していたのだ。ヘッドは軽く自走しながらゴミの量を判別しゴミ信号として伝える。しかもゴミ信号に応じてモーターの回転数(馬力)を細かく制御し、パワーがある掃除機にもかかわらず、必要以上のパワーを消費しないという節電型である。

掃除機の正しいかけ方を知らない人が多い。掃除機はゆっくりと一定方向へ走らせ、少しずつそのラインをダブらせながらゆっくりと動かしていく。しかし大多数の人は、ヘッドを激しく縦横無尽に走らせ、ゴミを掻き取るようにせっかちに動かす。これはホコリが舞いやすくしかも取り残しが発生して電力の無駄遣いだ。

ところがこの掃除機を使うと、自走するので自然にそんなかけかたになる。しかも一度かけてきれいになった部分とそうでない部分を判断してゴミ信号として伝える。こうした制御の技術は日本の得意な分野。何の変哲もない単純な機構の掃除機だが、制御するソフトウェア(アルゴリズム)は、人間の操作を試行錯誤で解析した結果得られた動作。いわばローテクとハイテクの融合である。

紙パックはシャッター付きなので捨てる際にサイクロン式のようにホコリが飛散しにくい。さらに紙パックのあとには幾重にもフィルターがあるので排気はソフトで匂わない。換気をしながら使うのならアレルギーの人も安心だろう。

この掃除機を購入して掃除が楽しくなった。部屋の空気が生まれ変わったかのような錯覚を受けるほど、軽やかにしかもきちんと仕事をしていく。ありふれた外観ながら、目に見えないノウハウが詰まった製品である。しかも排気循環型(おすすめしない)やサイクロン型と違って構造が単純なので故障はほとんどないはず。おそらく10年は楽に使える。

なお、松下電器製の紙パック掃除機ならどれでもよいというわけではない。騒音や匂い対策、吸引力、節電などさまざまな対策が目に見えないところで施された基本性能の高さ、それでいてシンプルな構造というのは松下でもMC-S86XDのみだ。おそらく3万円台で買えるだろう。

松下電器の社内にもこの掃除機が一番であるという声はあるらしい。地道な商品だが開発した技術者は誇りに思って欲しい。カタログでは末尾に掲載されているが、完成された家電品の姿としてこの掃除機は長く記憶にとどめられていい。もしこの文章を読んでこの掃除機を買った人が不満があるなら知らせて欲しいと思う。新婚カップルが買う家電品のリストに入れておくのも悪くない。

(後日談(
 紙パックのゴミを捨てようとしてパックのなかを覗き込んだところ、驚いた。ゴミが渦巻き状に固まっていた。つまり、空気の通り道にはゴミはたまっていなかった。これだと吸引力が長期間にわたって持続することになる。まさに紙パック内サイクロンというべきか。また紙パックの外にゴミがあふれる様子もなくパックの外は買ったときのまま。もちろんこれは専用紙パックを使ったときのみの現象と思われ、高くても純正紙パックを使うべきだ。

それにしてもカタログに載っていない部分の改良には驚いた。改善して完成度を高めること、品質管理においては松下電器はさすがである。



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