菜の花たどれば

いつもの那賀川の散策路をときどき立ち止まりながら歩いている。そろそろツクシかな、と思って土手を探してみると、すでにスギナになっていた。
 
河口まであと8キロぐらいなのに那賀川は依然として早い流れを保っている。民家は田園のなかにぽつりぽつり。桜の名所といわれた取星寺や桜馬場へも近い。土手からは遮るものはない。クルマを停めた土手から歩けば2キロぐらいの河原に黄色い絨毯が見える。そこまで行ってみよう。土手から見えるおだやかな流れは、かつて叔父を飲み込んだ濁流とは程遠い。

菜の花の向こうに見えるのは、国道に架かる古庄の橋(那賀川橋)。あの停留所から母に手を引かれて来たことがあった。蝉しぐれのうだるような季節で、まだ着かないの、と駄々をこねながら歩いたかもしれない。
 
妙見山(取星寺)に桜が咲く頃、夜になれば、けだるい歌声と手拍子が聞こえてきた。幼な心にあれは鬼の宴会だと思った。怖いもの見たさに、提灯の吊り下げられた山道を駆け上がっていった。今から思えば、花見に酔った在所の人たちの節抜けの歌とずれた手拍子が春の宵の花冷えする空間に響いていたのだろうけど。

桜馬場は蝉の宝庫。桜にアブラゼミ、ニイニイゼミ、クマゼミが止まっていた。ときどき蛇が蝉をねらって枝にとぐろを巻いているのを見た。

盆になれば、古庄に夜店が並んで花火が上がる。天の川(たなばたさん、と呼んでいた)を見ながら、夜道をぼりぼりひざを掻きながらとぼとぼと帰って行く。

増水した那賀川にかんどり船をこぎ出して水難事故に遭った叔父を探して川沿いを歩いた十代最後の頃。

晩秋、那賀川の分水である北岸用水から水が引き、干上がった用水になまずやきぎん(ギギ)を求めて出かける大人がいた。用水の土手には彼岸花。

墓参りをした岐路、高い枝にぽつんと残された柿の実ひとつ見つけた。

この道はいつか来た道。黄色い咲いた花びらの一つひとつがそれぞれの人生。

ふと見上げると上弦の月が頭上高くあった。月のウサギは何見て跳ねる?

(3月28日)