妻が語る創業物語(というほどのものではありませんが…(^^)
「レコード店を始めようかと思う」…。
そんな夫の言葉に私(妻、当時30代)はびっくりしました。
それまで不動産業をやって事業は順調に進んでいましたが、商売の経験がまったくない人でしたから、家族全員は猛反対。1979年の秋でした。
場所は市役所の近くに所有していた敷地です。夫は開業までのプランを練りながら毎日のように建築現場へ出向いておりました。


(果たしてうまくいくのだろうか…。完成した看板を見上げながら少し不安でした。さてこの看板の図案、開店当時は話題になりました。あの図柄は何? おわかりになりますか?)

1980年(昭和55年)5月3日、親戚まで刈りだしてオープンの日を迎えました。
そのなかに誰も商売の経験がある人はいません。
おろおろしながら来店客に記念品の歯ブラシ(笑える?)を渡す甥っ子、
几帳面な私の実父は開店前に店舗周辺を
ていねいに清掃しておりました(この父は昨年1月に亡くなりました)。

ところがレジは鳴りっぱなし。わずか10坪の店はお客様でごった返していました。こうして大混乱のなかで初日は終わりました。
私はどっと疲れが出て倒れそうな体調でしたが、
まずは順調な滑り出しにほっとしながら、これからの人生の行方をぼんやりと考えておりました。

1980年といえば、
松田聖子が4月にデビューし、たのきんトリオが勢揃いし、
惜しまれながら山口百恵が引退した年です。
新顔のクリスタルキングやシャネルズ、
異色のもんた&ブラザーズがヒットするなかで、
アリスや長渕剛、さだまさし、五輪真弓、山下達郎、ユーミンなどの
ニューミュ−ジック(ポップス)勢もヒットアルバムを次々とリリースしていました。

外国では、
クリストファー・クロスやエアサプライがさわやかなAORを聴かせていました。
そうそう、アラベスクやノーランズのディスコ調ポップスも人気がありました。

演歌も元気がありました。
竜鉄也の奥飛騨慕情が大ヒット。
都はるみや細川たかし、渥美二郎の中堅に
不死鳥美空ひばりが光を放っていました。
音楽界はまさに百花繚乱でした。

(まだ店頭にシングル盤が並んでいた時代です。生テープマクセルUD2のパックも平積みされています)

開店2年目の1982年頃にはCDが発売されました。
とはいえ、まだまだアナログレコード(シングル盤とLP盤)全盛期でした。
メーカーから貸し出されたデモ機で初めてCDを聴いた私の耳には
音が固くて潤いが感じられず、
夫も「これは便利だけど、機械が高いし音が悪いから普及するのに時間がかかるなあ」などと言っていたことを思い出します。
そうはいっても、1980年代の後半にはCD一色となってしまいました。

その後さまざまなメディアが出ました。
レーザーディスク、ビデオカセット、MD、DVDと
お客様の選択の幅は拡がりましたが、
小さな店でそのすべてに対応することはできないので、
当店はCDを中心に
音楽の好きな人に愛される小さな店になろうと思いました。
 
バンバン開店当時は
幼かった娘たちも今や嫁いで家庭を持っています。
そんな2000年冬に
中小企業診断士でインターネットに精通している息子が
オンライン店舗を運営してみてはとの申し出があり、
ホームページを開設しました。

こうして20数年があっという間に過ぎていきました。
店名の「レコード」は店頭から消えましたが、
私たちは音楽のいのちを育んでくれた
「レコードバンバン」の名前にはこだわりたいと思います
(実はまだ新品を数百枚保存していますが、売り物にはしておりません。しかし希望の方がいればお分けするかもしれません…)。

人生の壮年期に始めた事業も何とか世紀の変わり目を超えました。
主人が入院して「これまでか」と思ったこともありました。
夫婦2人と数名のスタッフでいつまでできるかわかりませんが、
地域の音楽好きが集まる店として、
できるだけ長く続けていきたいと思います。どうぞご愛顧くださいませ。

せつこ


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レコードバンバン(1980年5月創業)