告別式での喪主のごあいさつ

 本日は、底冷えのするなか、またお忙しいところ、父信孝の葬儀、告別式にご会葬いただきまして、誠にありがとうございました。このようにたくさんの方々にお見送りいただいて、故人もさぞ喜んでいることと存じます。

 父は肝臓を患い、昨年末より療養中でした。きっと正月には家へ帰れるだろう――家族はそう思っておりました。けれど食べることがあれほど好きだった父がやがて食べ物をまったく欲しがらなくなりました。毎日のように病院を家族が見舞い、回復を願っておりました。

 息を引き取る前日の夕方はまだ意識がはっきりしておりました。集まった家族に対し、一人ひとりの顔をじっと見て、励ましの言葉にただうなづくだけでした。けれど自らは言葉を発することができない父の目から涙が静かに伝っていました。もし口がきけたなら「もっと生きたかった。でも、ありがとう。心配するな」。そう言いたかったのではないでしょうか。そして翌日二月二十日、12時25分に家族に見守られながら日赤病院にて息を引き取りました。享年六十八歳でした。

 父は、若い頃からハイカラなものが好きで、東京にいるときにハワイアンの演奏に親しんだようでした。故郷の小松島に戻ってからは宅地建物取引業を生業とし、二十年ほど前からレコード店を開業し、入院するその日も店頭に立っておりました。ですから、きょうは、父の好きなハワイアンで送ってやりたいと思いました。

 父の生涯の友はアユ釣りです。シーズンともなると休みごとに川へ出かけておりました。海部川、那賀川、赤松川、勝浦川、鮎喰川にはよく通いました。昨年の夏に上勝の月ケ谷温泉前で友釣りをしました。体調を心配する家族に対し、心配ないからと自分でクルマを運転して出かけました。きっと大好きな孫に天然アユを食べさせたかったのでしょう。これが父に取って最後のアユ釣りとなりました。川が好きな親子同士であったのに、どうして釣りを教わらなかったのか悔やまれます。

 残された家族、親族に取って、心の空白はなかなか埋められません。けれど、亡き父が安心して旅立てるよう、家族を守りつつ、精一杯生きてみようと決意を新たにしました。
 故人が生前に賜りましたご厚誼に心から御礼申し上げますとともに、父亡き後も故人同様のご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。本日はありがとうございました。

(実際にはこのあいさつは手違いにより話されることはなかったのです…)


主がいなくなっても、閉店したとしても、店内外の清掃はほぼ毎日続けられます。なぜって? それがひとの務めと思うからです。清掃するって気持ちいいですよね。落ち込んだり気がふさいでいるときはとにかく清掃。無心になって磨いていくと、気持ちが晴れ晴れしていきます。清掃って人生を楽しく生きるコツ、道具のようです。



尽きない想いはあふれて…
ギターを弾く夫
夫婦二人で
夫婦二人で(その2)
歌手の訪問を受けて
私だけおすまし
営業が得意のまな(チンチラねこ)
お昼寝中

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