| 第1章 明日香へ | 第2章 南太平洋 | 第3章 四国 | 第4章 空へ | ||
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白亜のキャンパス 後楽園の二十倍の広さがあるといわれる山中の敷地に、白亜に輝く未来建築の群れが調和を保ちながら、あざやかな色彩の対比でくっきり浮かび上がる。それは遠近感の実験のようである。主要なふたつの建物は独特の造形の屋根で結ばれ、その下のペデストリアンデッキから高台に上がって山を臨み、一陣の風が吹け抜ける時、初夏の心地よさが胸一杯になって田園詩を作らせる。 それにしても、都心から約1時間。巨大都市のはずれに存在するこのキャンパスは、酸素があふれてむせかえるほどだ。道端にはツツジが薄紅の大きな花をつけている。もんしろ蝶の落とした影が、赤いレンガ道の上をデジタリックに変化していくのがおもしろい。 そんな色彩の舗道を、ジーンズにオフホワイトのポロシャツを着た大学生が白い歯を見せて近づいてくるのが見えた。ぼくは手を振った。 「こんにちは」 「やっぱりそうでしたか。優里さんですね」 「はい、そうです。お待たせしてすみません」 「ぼくも今来たところです」 「お話は教授から聞いています。よろしくお願いします」 「こちらこそ」 優里は、T大学法学部商学課に籍をおいている学生である。 「きょうはいい天気ですね」 「そうですね。明日も晴れるといっていましたけど」 「高気圧って憂鬱を解消する特効薬ですね」 「何だかわくわくしています。お話を聞いた時から、おもしろそうだなって思ったんです。でも私にそんな大役がつとまるでしょうか」 「きっとできますよ。だって…」 そう言いかけた時、テニスラケットを抱えた3人組が、彼女に声をかけた。 「お疲れさん! 今晩、何時だっけ」 「7時って聞いてるけど、都合悪い?」 「ううん、今んとこ大丈夫」 「それじゃあね」 三人はにぎやかに話をしながら遠ざかっていった。彼女は額のバンダナを外し、髪をかき分けながら振り返った。 「サークルの打合せなんです」 テニスをしている活発な女性、というのが教授の優里評だった。彼女は「天性りんご」というサークルに所属しているらしい。環境問題・社会問題に対して積極的に関わり、ボランティア活動をする。そして、活動の合間にうまいものを求めて歩くという一風変わったサークルである。 時々は市民運動をしている人たちの集まりにも参加し、車座の話し合いに加わることもあった。政治や役人任せではなく、自分たちの手で地域をよくしたいと思う人たちが集まってきては問題点を話し合い、未来に大切なものを伝えていく──みんな対等であり、時にリーダー、時にサポーターになりながら、めぐってきたチャンスに対し、それぞれができる範囲でかかわっていく。そんな活動の共感の輪が広がればいいなと優里は思っていた。 優里は、東京ではなめらかな標準語を話すようにしていた。方言が恥ずかしいからではなく、彼女なりの自然な適応だった。 優等生の優里であったが、食に興味を持ち、いろんな店を友だちと食べ歩きした。素材へのこだわりを大切にしている店、食べるという行為を突き詰め、味わう雰囲気を大切にしている店、大衆的な接客で固定客を掴んでいる店などさまざま見てきた。味は変わらないのに、突然名前が売れて客が増えた店というのもあった。誰かの口コミや仕掛けによるものもあるが、店の繁盛には不思議な運が支配しているような気がした。 サークルがよく行くうどん屋があった。主人は五十歳を過ぎた人で、みんなから玄さんと呼ばれていた。 玄さんは、水の研究をしていた。水を制するものが人生を制すという哲学を持っている人だった。人間の体のほとんどが水であること、人体は60兆個の細胞からなっていて、水が細胞の一つひとつに作用していること、なのに水の物理的性質は未だによくわからないことなどがその根拠だった。玄さんは、口癖のように「水は単なるH20ではない」と言う。 店が手すきになる時間帯に行くと、無口な玄さんがぽつりと口を開く。といっても、聞かれなければ自分から話そうとはしない。今日はサークルの友人たちと来ていた。 「玄さん、商売繁盛の秘訣は何?」 商学部の学生である彼女たちは、経済概論、経営組織論、財務管理、マーケティングなどの勉強をしている。しかし、机上の理論とは違う生の声を聞きたいと、勉強に託つけては喉の至福を求めに来ているのだ。 「商いのこつねえ。飽きないってことじゃないかな」 「おもしろい」 「もう少し聞かせて、玄さん」 「こうして毎日うどんばっかり打ってるが、一日たりとて、一食たりとて気は抜けないね。馴れでやってるとお客はすぐにわかる」 「ほんとうですか」 「うどんの歯ごたえ、出汁、添え物の妙味。それだけだね」 「私たちは湯気の向こうにある、馥郁たる玄さんの世界を味わっているのね」 ちょうど、そこへ常連客のひとりが入ってきた。 「みなさんお揃いですね」 中小企業診断士の阿部氏だった。中小企業診断士とは、通産省に登録されて公的な経営診断などを行うもので、国家資格の経営コンサルタントともいえる。 「よくわからないけど、何する仕事ですか」 「報告書を提出して終わりの先生稼業を想像する人もいるけど、生身の人間を相手に経営をサポートするのが診断士の役割で奥が深い仕事なんだよ」 「実はね、阿部さん。玄さんの経営哲学を聞こうとしていたところなんですよ」 「玄さんは口が重い人だから簡単には明かさないよ」 「作り方だったらここに書いてあるよ。誰でも持って帰れるように刷っておいた」 玄さんが手を休めて、自分の店のうどん製法のビラを取り出した。 「秘伝の製法? そんな大切なもの、かまわないんですか」 T大学のお嬢さん方は呆気にとられている。 「おっとそうか。私はどっか抜けてるな」 玄さんは苦笑した。 「でも、この作り方を真似たところで、この味は出せないと思うよ」と、阿部氏の解説が始まった。 「理論と実践は違うんだ。例えは、材料に応じてさじ加減を変えるとか、気温や湿度によって調合や粉を練るときの力の入れ具合を変えるとか、文字にできない微妙な部分があるはずなんだ。むしろこれを見た人は、これだけの材と手間隙かけて作ってるんだと感心するだろうね。このチラシは店の宣伝にも一役買ってるんだよ。玄さんの自信の表れだと思うな」 阿部氏は昔の刀鍛冶の話を始めた。 昔とある南国の川のほとりに、名匠として知られる刀鍛冶がいた。その噂を聞いて、はるばる西国から弟子を志願して訪れた若者があった。教えを請う若者に対し、刀鍛冶は首を縦に振ろうとはしない。師匠はこの人しかないと腹をくくって旅をしてきた若者は帰ることはできない。 名匠には、先年胸を患って亡くなった女房との間にひとり娘がいた。娘は若者の熱意に心を動かされた。けれど、自分の言うことを聞くような父でないことも知っていた。 若者は小作として近隣に住み着いた。そして来る日も来る日も懇願を続けた。さしもの頑固者もついに腰を折った。 「そのかわり、修行は厳しいぞ」 こうして若者は弟子にしてもらった。ところが師匠の言いつけた仕事は、便所の掃除や薪割り、道具の手入れ、荷送りといったものだった。最初は喜んでやっていた若者だったが、そのうち疑問が湧いてきた。こんなことばかりやったところで、刀工になれるわけがない。何度か師匠に談判しようとしたが、娘が制止した。 「お父つぁんが考えることは私にもわかりません。けれど、このまま続けてくださいまし。決して悪いようにはしないと思います。今はどうか私の言うことを信じてください」 若者は娘の懇願に打たれた。それからは我を忘れて雑用に打ち込んだ。今では師匠が用事を言う前に、仕事はすべて終わっているようになった。そうして少しずつ、作業の前準備などをやらせてもらえるようになった。 そんなある日、師匠に改まって呼ばれた。師匠は、せっかくの刀鍛冶の伝統と技術をだれかに受け継いでほしいと思っていた。どうか娘をもらってやってくれないか、というものだった。 祝言は終わった。精進の甲斐があって、今では師匠の右腕と言えるばかりになった。 しかしそうは言っても、師匠はすべてを伝えたわけではない。刀に腰とねばりを入れる湯の温度は未だ教えてもらえない。妻の話では、以前に弟子志願の者が、師匠が後ろを振り向いた隙に湯加減を見るためにこっそりと手をいれたところ、師匠にばっさり手首ごと切り落とされたという。夫の言動をたしなめながら、きっとお父つぁんには考えがあるのです。どうか、早まった真似はしないでくださいと涙ながらに訴える妻だった。 若者はいっそう身をすり減らして働いた。そして、とうとう殿様に献上する品を造ることになった時、師匠は若者に諭すように言った。 「わしはお前の心が澄みきるのを待っていた。はやる心では後世に伝えられる刀は打てない。我を捨ててこそ、刀に魂が入るのだ。わしの技のすべてを伝えよう」。 若者は師匠の深慮に泣いた。そして名刀の名をを決してけがすまいと心に誓った。 しばらく沈黙があった。 「ちょっと例が古かったかな。こんな話がある。名前は出せないけど、ある会社の社長と話す機会があって、そこが中核としている事業が伸び悩んでいた」 優里たちは興味深げに身を乗り出した。 「利は元にあり、といわれる。A社はほとんどスポット仕入れが多く、いわゆるバッタ屋から仕入れていた。仕入れ担当はその道数十年のベテランで、自分の息子ぐらいの年齢の営業マンを相手に、中国の古典や時事問題を数時間解説した後に商談に入るんだけど、今日は授業料だからこの値段にしておけ、よそで儲けてくれ、などと強引に取引を進める。ペースに載せられた営業はつい伝票を切ってしまって、会社に戻ってから後悔してるんじゃないかって社長は話をしていた」 「なかなか切れ者の仕入れ担当者ですね」 阿部氏は首を振った。 「ぼくの見解は違う。一方の立場でだけ物事を考えると判断を誤るという例だよ」 「どういうことですか」 「営業マンから見て、長い時間をかけて商談に付き合わされ、値切られるのがわかっていたとしよう。しかも商品は、いわゆるメーカー品ではなく、安かろう悪かろう商品で、値があってないようなもの。今の時代、ある得意先で3割値切られたからといって、他の得意先で3割高く売れるほど甘くはない。お宅で泣いた分、よそで儲けさせてもらいますわ、とか言って逆におだてられているかもしれない」 「どっちが狸なのかわからない」 「バッタ屋は決して粗悪品ばかりじゃない。数は限られているけど、本当に安くていい品が入ることもある。そういう時に、儲けさせてくれない得意先に話を持っていくかどうかだよ」 「売上が上がればどこだっていいんじゃないですか」 「そうかな。営業マンは得意先毎に、売上高、粗利額、粗利率、回収率を会社にチェックされている。うまみのない得意先には、この商品は出すな、行くなという指示も出る。それでも、そこを訪問するというのはどういうことなのか考えてみる必要がある。おそらく赤字覚悟で粗悪品の在庫処分などに利用している可能性が高い。第一、数時間も商談に費やすのはどういうことなのか。直接的には、マネージャーの時給相当分、間接的には、他に有利な仕事がやれたかもしれない、その機会損失があることを忘れてはならない」 阿部氏は続ける。 「仕入れ先の営業に値切ったことも支払いを延ばしたこともない仏壇店の例がある。その代わり品質には厳しい。出来の悪い商品は返品する、といってもお客にはわからない程度だろうけどね。だけど営業にすれば、仕様を豪華にしたから、品質管理を厳重にしたからといって、その分を価格に転嫁できるかといえばそうではない。それだけメーカー同志の競合があるからね。結局、値切らなくてもいい品を割安に買っている可能性が高い。実際そこはいい品を扱っている店として評判が高く、隣の県からでもお客が来ていた。高級仏壇は限りなく手作りに近い。いい材料を使ったいい製品が仕上がったとき、希少価値のある商品は黙っていてもその店に集まるようになる。どこにでもない商品だから、粗利も高くとれる」 「安売りはだめなんですか」 「そうではなくて、目的と手段を混同しないということ。あるパソコン販売店では、店員があいさつもしないし、商品説明もしない。それも原価だという認識で、安売りこそ最大のサービスという理念を押し通した。残念ながらうまくいかなかったみたいだけどね。まず、売れる店にするということが先決。売れている店には「ぜひ取引を」と、各社の営業が訪問するようになる。おいしいパイをめぐって多少無理な条件でも呑んだり、契約を取るために会社も後押しする。つまり、有利な条件で仕入れができる。話を持っていくよりも、持ってこられる状況を作りだすということよ。それから、生活者の視点を忘れないこと。仕入れる前に自分で使ってみて、その結果をメーカーにもフィードバックする。上流は下流の情報を欲しがっている。いい商品を仕入れるには、そのぐらいのアシストは必要だね。さて、みんなに宿題を出すよ。さっきの企業で、時流をよく見て粗利をかせぐことに留意して中期の経営方針を立ててごらん」 「うーん、むずかしそう」 「ところで、ここのご飯、おいしいだろう。これは山間部の水のきれいなところでできた米だよ。名もないブランドと思うけど、契約農家から直接買ってるんじゃないかな。いい米を使うと原価は倍かかる。でも、茶碗一杯あたりにすると十円ぐらいの差にしかならない。この差がお客の満足につながる。うどんとご飯の組み合わせを関西人は結構好む。いいご飯は甘味があって、うどんの味を引き立てる。米でさえこれだから小麦や塩、水に対するこだわりは相当のものだと思うよ」 「そういわれてみれば、うちのご飯よりおいしい」 「そこの窓枠に触れてごらん。手が黒くならないよね。見えないところにまで掃除を徹底しているのがわかる。これくらい掃除を徹底させるためには毎日1時間半はかけてるよ。食器棚も置く場所が決められていて、ぴしっと整理整頓が行き届いてるし、店先の打ち水も入ってみようという気にさせる。杉の焼き板の引き戸と藍染ののれん、その脇には白石を敷きつめた鉢に竹が植えられている。備前焼きの湯飲みに、麦の甘い香りのするお茶を飲むところから儀式は始まってるわけ。備前といっても、高級な器は使ってないところがいいね。音楽の代わりに、せせらぎの音や鳥の声を背景音として控えめに流しているのもいい。自然界の音で街の喧騒を消して非日常的な空間を作るとともに、うどんは音をたてて食べる庶民的な食べ物だから、静かすぎてお客が気兼ねしないようにとの配慮からだよね。余談だけど、天然の藍染は洗うたびに藍色が冴えてくるから、来るたびにのれんの色が微妙に変化しているのがわかるよ」 「すごい観察力ですね。でもそんなことがうどんの味と関係があるんですか」 「そこまで気配りしている、最後まで手を抜いていないってこと。それに、清潔な部屋は雰囲気をよくする。自分の部屋で音楽を聴くときに体験したんだけど、部屋を掃除する前と後では明らかにステレオの音がちがう。科学的には説明できないけれど、経験則からいって真実なんだ」 「私はそこまでは気がきかん人間ですが、ちょっと褒められすぎましたね」 玄さんは顔色ひとつ変えずにいった。 「はい、どうぞ」 湯気の向こうからうどんが運ばれてきた。 「いただきます。──葱がいい香りだ。包丁は切れますね」 「切れますよ」 玄さん、淡々と返事する。 「話がよく見えないんですけど…」 「切れない包丁で葱を切ったら香味が落ちるからね」 学生たちがひやかし半分で、 「仙人同士の会話みたい」 「阿部さんは、うどんを食べるふりして、女子大生を見に来るだけかと思ったら、さすがですね」 「うちの大学でゼミをやってくださいよ。阿部さんの講義なら代返しませんから」 「私もひとつ気づいたことがあるんですけど」 ずっと聞き役にまわっていた優里が口を開いた。 「玄さんのお店って喫煙者があまり来ないですよね。私にはその理由がわかりました」 「ほう」 「玄さんの出汁って、微妙な味が千変万化して溶け合うって感じでしょう。喫煙者の味覚や嗅覚は鋭くないってことを聞いたことがあるけど、そういう人は、化学調味料のたっぷり入った出汁を好むんじゃないかと思います」 「味覚が敏感な人は、作る・味わうの楽しい関係を知っている人だね。でも栄養のバランスが崩れて微量ミネラルが足りない人は素材のうま味がわからない。言い換えれば、調味料に依存する人は、社会に依存するとともに、人生の黄金の果実を味わう楽しみを知らない人だね」 「うどんから哲学的な話になっちゃいましたね」 店を出た後で、阿部氏はさらに学生たちに付け加えた。 「徹底してやっているところもあるけど、大衆の手の届く高級感を演出しているし、味は濃すぎず薄すぎず、量は多すぎず少なすぎず、洗練されているけどさりげない。チラシだって口コミをねらっている。商売はきれいごとじゃないけれど、我欲が前面に出ると客は遠のいていく。あのしたたかさ、バランス感覚を勉強してほしい。何より自分で人生を選び、生きているという実感がある。でも今日の話で注意して欲しいのは、“こだわる”ことを勧めているわけではないんだ」 「こだわるのは、目的あってのことで手段ではないということですね。こだわることに、こだわってはいけないということでしょうか」 優里の洞察力に阿部氏は少なからず驚いていた。 「君たちに運をつかむコツを教えてあげよう。まず、次に上げる5つの言葉を三ヵ月間言わないこと。それで何か変化が感じられたらさらに三ヵ月続けてみる。これができたら、半年後には確実にいい運に変わり、相手を心地よく包み込んで、交渉でも説得でも恋愛でもうまくいくようになる。その5つの『言わない言葉』は次回に教えてあげよう」 「えっー、看板に偽りありじゃないですか」 大学生たちは騒いだが、優里は涼しげに言った。 「お楽しみが増えていいじゃない」 (食べていただいて、食べさせていただいている) 玄さんはそう思っているかどうか知らないが、玄さんの言葉がそう響いた。学校では教わらない真理と心理があるのだと改めて優里は思った。 今回は、四国三郎で南太平洋へ向かう。なぜ南太平洋なのかというと、長距離の飛行実験を兼ねて、あちらで起こる皆既日食の観測のためである。そこで必要となる観測助手として、教授の知人が優里を推薦したのだ。 皆既日食が見える範囲を皆既帯という。その幅は数百キロメートルに過ぎず、地球上に投影される線のようなものでしかない。その周辺では部分日食帯となり、皆既帯に比べればかなり広い。 しかし皆既帯でなければ観測できないこともある。太陽の重力場により光が曲げられて星の位置がずれてみえるというアインシュタインの予言に対し、それを検出して相対性理論が正しいことを実証したのは、皆既日食の時であった。 ところが今回は、皆既帯が陸地のない海洋を通っている。 地球儀を見ると、地球は海洋が78%をしめる水の惑星だということがわかる。なかでも、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアを中心とする「地球のへそ」と呼ばれる珊瑚礁の海域は陸がほとんどない。ポリネシアは、英語で「深い南」と呼ばれ、ハワイとオーストラリア大陸と南米大陸のほぼ中間に位置する。 そこはかつて、大航海時代に幾多の発見が行われた南海の楽園であり、土着の人々にとっては、遠い昔、アジア大陸から祖先が死出の航海に出て、ようやくたどり着いた島々である。深い南への航海は、新天地や富、冒険を求めながら、夢を果たすことなく海にのみこまれていった人々の歴史でもあったにちがいない。 南太平洋の島々は亜熱帯の珊瑚礁という印象があるが、すべてがそうではない。時として珊瑚礁を持たない海域や肌寒い気候が現れる。あるいは、ハリケーンがほとんど襲来しない島もある。面積が広大で、人種はもちろん、自然環境や社会条件が少しずつ異なる。それぞれ特徴を持った唯一無二の島々であり、それだけに島めぐりの楽しさは尽きない。 「どんなものを準備すればいいんでしょうか」 「そうですね、九月は向こうでは冬から春にかけての時期です。セーターが必要になるかもしれません。といっても現地で調達できるので、とりあえず一着長袖を持っていって、重ね着で対応すればいいんじゃないですか」 「航空会社はどの便で行くのですか」 「ニューカレドニア、ニュージーランド経由でタヒチへ向かうUTAの便が週に一便出ています。タヒチ本島を起点に島めぐりをします」 この時点で、彼女には空を飛ぶ車の話は知らされていなかった(と思った)。知人の紹介といったが、教授は、適合者を彼なりの基準で選んでいるようだった。 「ところで、言葉から判断すると、関西の人ですね」 「はい、四国です」 「実はぼくもです」 「そう聞いています。詳しいことは知りませんが、教授から多少はお話がありました」 「なるほど。ところで優里さんの役割は観測助手です。機材についてはこちらで手配しますので、自分の身の回り品だけでけっこうです」 「お役に立つかどうかわかりませんが、よろしくお願いします」 優里は渡された地図を見た。多摩丘陵の山中のようだった。 「車でないと機材を運べないのです。機材はそこに保管していますので」 「わかりました。夜の9時に集合ですね」 優里は軽く会釈をしてレンガ道を駆け降りていった。 この辺りは、宅地造成が進んだ多摩丘陵でも最後に残された一角だったが、不動産会社の看板がいくつか立ち、整地が進みつつあった。落ち合う場所は暗闇にぽつんと浮かび上がる24時間営業の店先。優里はもう来ていた。あいさつの後、単刀直入に切り出した。 「信じられないかもしれませんが、実はこの車で南太平洋まで行きます。つまり空を飛びます。近い距離では何度か飛行しています。最初は不安かもしれませんが、すぐに慣れると思います。ぼくもそうでしたから」 「はい」 「不思議だとは思いませんか」 優里はしばらく間を置いて、 「多分、車の形をした飛行機だと理解しています。私なんかにはわからない内部の仕組みがあるのでしょう」 「教授から何か聞いていますか」 「何となくは。でも、本当に飛ぶんでしょうか」 これまでの経過を説明した。 「正直言って私には機械の原理は分からないし、科学的知識もありません。これは私の直観ですが……」と前置きして優里は続けた。 「このユニットは、原理だけで動いているのではないような気がします。まず、信じることが大切なのではないでしょうか。物言わぬ機械の声が私には聞こえるような気がします。『ぼくはここにいるよ』って。この機械に無限の力を与えているのは、物理の理論だけではなくて、信じる気持ちの強さではないかと思うのです。だから私は信じます」 優里は、屈託がなく無邪気で、それでいて自分の存在を消して気配りができる。恵まれた境遇にあっても謙虚に物事を積み重ねていく人のようである。 一方、明日香の直感力は、水晶の切り口のように冷たく透明で、そこから生まれてくる真理を彼女の感性で切り取る時、喜びを感じているようだった。しかもその知性のきらめきには微温が感じられる。 「それでは、多摩丘陵国際空港を出発します。シートベルトをお締めください」 「いよいよ、出発ですね」 「そうだ!」 荷物の中からカセットを取り出した。 「ちょっと付き合ってください」 阿波踊りをしたくなった。よしこののリズムとお囃子に浮かれるのは徳島人の性でどうしようもない。 あーら、えらいやっちゃえらいやっちゃよいよいよいよい… 「我を忘れて踊って。ほら、手と足をばらばらにしないで。どうでもいいからもっと浮かれて」 「これでいいですか?」 「もっともっと。踊っているのは自分じゃなくて、他人なんだと思って」 我を忘れて踊り狂う。身体の痛みも疲れもわからなくなり、踊っているのか、踊らされているのかわからなくなる。祭りは遊び、遊びは祭り──激しさと情熱のなかにあるえも言われぬ至福感。常識の観念をはずさなければ、見知らぬ者同志が空を飛べないような気がした。 長距離航行 「氷を割らなきゃと思ったから。けっこう楽しいでしょう」 「楽しかった。自分で踊ってみないとわからないですね」 「そう。氷が割れたところで、日本酒とウィスキー、どっちがいいですか」 「いただけるのなら、水割りで」 今までにない長い距離である。息を静めて、四国三郎のボンネットに吉野川の伏流水で作られた銘酒「芳水」を振る舞い、長旅の無事を祈る。 「どうか、お守りください」 二礼二拍手一拝の簡素な儀式は終了した。不安と期待を秘めて、四国三郎ははるかな南洋に舳先を向けた。そして午後9時27分、音もなく宙に舞った。 眼下に東京の街がガラス細工のようにきらめいていた。地上を彩る灯火、その一点一点が人間の営み。ふたりとも感動に胸を詰まらせていた。 「信じられない!」 優里の言葉が軽やかに出てきた。きらめく地上の星座、本物の星夜。コックピットには照度を落としたオレンジの透過光の計器類とブルーのデジタルカウンターが並ぶ。 「どちらまでお出かけですか」 「ちょっと南太平洋まで」 顔を見合わせて優里は、くすっと笑った。 「言い忘れたけど、この車にはもうひとり乗ってるんだ」 「えっ?」 「出ておいで」 あくびをしながら後部座席の間から出てきたのは、チンチラゴールデン。優里を見上げてエーンと声を出した。 「あいさつをしてるんだ」 「かわいい!」 カセットをかけてみる。エステル・テファナという人の「ハウ レヴァ」という音楽。タヒチの女性歌手で、ハワイアンに似た軽快でゆったりした音楽が流れてきた。 ♪テウラヘイマタ ヘロヘレ ノテルイ タテペポ ヘポロネ フリヒア ア ヘヘマヌ ヘライ ウラヘ テウラ ヘイマタ アノ ホマナオエ イアホ イホイアヴァ イトティノ ヘイマタ タウアホペレ エイオト ホエアウ テペヘア イヤウアィオエ テバタウレ レイアィレ レファレファ♪ 単語の繰り返しが多いポリネシア語が、似たような曲の波に乗って聞こえてくる。変化を楽しむのではなく、変化しないのを楽しむのがタヒチ歌謡曲。ウクレレだっていい。こんな曲にぴったりの形容詞を優里が口走る。 「うきうき、うきうき」 「いつもこんな歌を歌ってたら、生活は苛酷なのか、楽園のような暮らしなのかのどっちかだな」 「どっちも違うような気がするけど」 「どうして」 「だって苦労とか楽とかいうのは、他人と比べたときに出てくる言葉でしょう。この人たちはただ歌が好きって感じ」 「南海の孤島を舞台にした物語みたいな体験したいって思わない?」 「自由、独立心、ハリケーン、ヤシの実、静かな環礁があって…」 空想の世界が膨らんで、もうその気になっている優里である。 「大人が子どもになって、子どもが大人になれる…」 「でも、人が死ぬとつらいよね。世界に一人の寂しさを実感するから」 「変化のない常夏だから寂しさがよけいに募るかもしれない」 さらに会話は続いた。 「この世でもっとも暗いものって何だと思う?」 「幼子が病気で死ぬのを見取る両親の心」 「ぼくは太陽に翳した掌だと思う」 「どうして?」 「太陽があると掌は写すことはできないし、まぶしくて見ることもできない。どんなに暗くても、時間をかけて光を集めれば見られるから、明るい太陽に対比されるものこそ、もっとも暗いものだと思うんだ」 「明と暗、陰と陽、大と小。対比するものがあるから存在がわかる」 「対立するように見える考え方が、溶け合ってひとつになる過程が学ぶということかもしれない」 「反発もするし、引かれあうってこと?」 「そう」 「引かれあうは、『光会う』と置き換えてみれば」 「生物の体だって、無数の素粒子が集まった光の園かもしれない」 よく磨き込まれた北陸の純米酒『黒龍』を彼女にもすすめてみた。限りなく水に近づきながらも芳香が漂う。 「お米でできた果実酒みたい。香り豊かでみずみずしくてしっとりしている」 「びっくりした?」 「うん、すごくいい」 「純米酒って、世界一ぜいたくな飲み物かもしれないね」 優里は後部座席にぶら下がっていたカメラに気づいた。レンズにガムテープを巻き付けている。 「これってどんな意味?」 その意味の説明には少し時間がかかる。 「人間は、見知らぬ人がある一定の距離から内に入ると、身構えたり、警戒したり、無視したり、微笑んだりするよね。その反応は、相手が自分をどう見ているかを映し出している。つまり鏡の自画像と向かい合う──そんな感情の相互作用がポートレートとすれば、客観的な表情などありえない。いい顔した写真を撮りたければ、自分がいい顔をしてなくちゃね。ガムテープは、レンズのピントを50センチで固定するためなんだ」 さまざまな世界を深く知りたい。どんどん接近していこう。けれど近寄っても広い視野を見失わないようにしたい。だから広角レンズをよく使う。でも標準レンズも好きだ。 写真は生きていく証と感じていた。夢中になって被写体に向かい合い、ひたすら写したいものに同化していく。石ころを撮るときは、何時間も石の恰好でうずくまってみる。海が好きだというのなら、その海に納得いくまで通ってみる。冬の夜の海に身体を預ける。そんな張り詰めた緊張感さえ楽しい。魂が身体から抜け出して被写体と戯れているときに、突然のシャッター音ではっと我に帰る。そんな時の写真はいい。 出発して数時間。もう日本列島の光は見えない。 「北海道産のロゼの手作りワインで、前途を祝って乾杯しましょう」 「そうだね」 チタンのマグカップに注いでくれた。 「ふうん。芳醇な土の香りが乗り移った果実のひとしずくという感じだね」 「やせた北の大地で逞しく育ったぶどうたちの野性的な、それでいて抑えたような香りかな」 カセットは、スーザン・オズボーンの歌に変わった。彼女の声で聴く「赤とんぼ」。高ぶった心を鎮めるためにかけてみた。優里は、歌に合わせて深い呼吸をしていた。 眠りに就く前にコースを確認し、高度の設定を変更する。潮騒を聞きながら飛んでみたかったので、海上60メートルの自動操縦にした。コース上に障害物があっても自動的に探知して回避できるし、この高度なら、米軍のレーダーに探知されてスクランブルのお出迎えにはならないはずである。北緯26度を越えると南天の星空が見えだしてきた。今夜はとてもいい夜になりそうである。 車から見えた虹 朝が近づいてきた。ふたりとも興奮気味であまり寝つかれなかった。俯瞰を楽しむために高度を徐々に上げることにした。朝食はトマト1個とパン1個。こんな簡素な食事であっても、地球の朝を満喫している。高度が上がるにつれて視界が開けてきた。雲間から無人島が点在しているのが見える。ヤシの木が生えている島、生えていない島、満ち潮で沈む島。こうなると、ヤシの木の数で島の価値が決まる。 雲の影が海洋に落ち、光の反射が幾重にも弧を描いて海の青と好対照をなしている。雲と海がつくりだした箱庭のような風景を撮ろうとカメラを構えていた優里が気づいた。 「虹が出てる!」 「えっ、どこ?」 優里は、虹が見えるという方向を指さすために、カメラから目を離した。 「変ね。ファインダーで見ると虹が見えるのに、肉眼では見えなくなってしまうわ」 ミノルタXD、85ミリf8、絞り優先モード。パサッ、パサッ。静かなシャッター音が響いた。 レンズには偏光フィルターが付いていた。色彩の持つ本来の色をフィルム上に再現するために、色に影響を与えることなく水蒸気のカブリや光の反射を取り去るもので、順光の風景写真に用いられることが多い。でも、どうして虹が見えたのだろう。 それは、窓越しに斜めに入射した光線に、ガラスがプリズムの作用を果たし、偏光フィルターにより分光が明確になって虹が見えたと考えられる。自然界の光がガラスという人工物を通過すると現れる虹──素敵な現象ではないだろうか。四国三郎は赤道を越えようとしていた。 「わあ、これが南半球なのね!」 身を乗り出した優里には、地球の下半分の水平線が見えたにちがいない。 南太平洋概観 ハワイ、イースター島、それにニュージーランドで囲まれた三角形はポリネシア・トライアングルと呼ばれ、南太平洋の大部分を占める。主だった島、諸島の情報を検索して抜粋してみる。 クリッパートン島……メキシコに近い島で、ポリネシア三角形からは孤立して存在している。小判型をした環礁で、礁湖は外海から閉ざされていて水深百メートルに達する。平坦な島の地形の中に、突然盛り上がったクリッパートン・ロックと言われる奇岩がある。 ココス島……クリッパートン島からパナマ寄りに位置する。17世紀には海賊たちの補給地として知られた。ポルトガル人海賊のボニトが、300万ポンドの金銀をこの島に隠したとされる。やがて海賊船はスペイン船に捕らえられ、乗組員は殺された。ところが、その際に生き残った3人が近くのアメリカ船めがけて脱走を試み、一人は溺れ、一人はサメに喰われ、一人は救助された。助かった一人が死に瀕して記憶をもとに、埋蔵場所の見取り図を書いた。 1935年からコスタリカ政府は少数の兵士を常駐させ、政府の許可を受けた者に限り宝探しを認め、監視させている。もし財宝を発見すれば、その3分の1は同国政府に引き渡すことになっているが、未だ宝は発見されていないとされる。 クリスマス島……クック船長の発見。ハワイ南方の赤道付近に位置する。島の形はカニのはさみのようで、内陸部には無数の湖があって迷いやすい。20世紀前半には、コプラ栽培で労働者が他島から集まり集落が形成された。その後コプラの暴落とともに人々は去り、太平洋戦争時には飛行場が作られた。戦後、ヤシの栽培が始まり再び移民が増えだした矢先、イギリス政府によって核実験が行われた。1957年のことである。 マルキーズ諸島……赤道を越えて南半球にさしかかった付近の群島。ポリネシアでは食人の習慣があったが、ここマルキーズ諸島でも同様で、公式記録では1901年がその最後だとされている。ゴーギャンが晩年を過ごしたヒヴァオア島もこの群島のひとつである。湿度は高いが気候はしのぎやすく、ハリケーンはほとんど襲来しない。 ツアモツ群島……タヒチ本島の北東、広範囲に拡がる無数の珊瑚礁の島々。そのほとんどは環礁を形成する。ヤシ、パンの木など限られた作物しか育たない。土地の標高が低いのでハリケーン襲来時には被害が大きくなる。 ツアモツ群島で有名なのは黒真珠である。島民は、真珠を採取するために素潜りで50メートルぐらい潜れるという。近年は世界第2の珊瑚礁といわれるランギロア島など、海中散策に訪れる観光客も多い。また、南米大陸を出発したハイエルダールのコンチキ号がこの群島に達して、ラロイア環礁で座礁する冒険物語は有名である。 ツアモツ群島の東南部の先端には、ガンビエール諸島があるが、そのなかのムルロア環礁では、フランスの核実験が何度か行われた。 タヒチ本島……タヒチに降り立つ観光客がまっさきに踏むのは、タヒチ本島のファアア国際空港である。ひょうたんの形をした大きな島で、1767年、ウォリス率いる「ドルフィン号」によって発見された。 二千メートルを越える急峻な山々とジャングルを持つこの島は、遠望にも堂々たる威容を誇る。海路であれ空路であれ、最初に島影が見えた時には思わずうなり声が出てしまう。 最初の異国人の訪問を、島の人々はカヌーに乗って石投げをして威嚇したが、後に和解し、女王プレアが船を訪問した。若い女性たちが妖精のような姿態で船のまわりを泳いで船員を誘惑し、彼らは娘たちに船のクギ(鉄のなかったポリネシアでは珍重された)を抜いて対価として差し出したという。二百年の歳月は、愛の島を伝説にしてしまった。 モーレア島……タヒチ本島から目と鼻の先にある島。観光地としては、むしろ本島よりも知られている。美しい山々と入江、そして珊瑚礁に囲まれた手頃な大きさの島である。 ボラボラ島……タヒチに寄った旅人が必ず訪れる白砂の島。飛行場は環礁上にあり、島へはさらに船で渡る。島には円筒形にそそりたつオテマヌ山があり、環礁内に浮かぶ小島(多くは無人島)をモツと呼んで島民がピクニックに出かける。タハア島、ライアテア島、ファヒネ島を加えて、タヒチ本島から近い島々である。 ラパ島……南回帰線を越えて位置するフランス領ポリネシアのもっとも南の孤島。馬蹄形をしており、千メートル近い山岳を持つ。ヨーロッパ人がもたらした伝染病、酒を覚えた島民の暴飲、奴隷刈りの犠牲などで島の人口が激減し、そのうえ男性の出稼ぎも手伝って、島の男女比率が1対6の不均衡になってしまった。そのため、戦後この島へ寄港したアメリカ船の若い乗組員たちが、島の女たちに追いかけられるという珍事が起き、美男子ほど「被害」が大きかった。 その後、こうした話に魅せられてたくさんの外国人が押し寄せてくるのを防ぐため、1956〜69年にかけては、フランス領ポリネシア庁は入島制限を敷いた。 「クック諸島、フィジー、トンガ王国、西サモアにイースター島。名前を聞くだけでもわくわくするわ。どこから行こうかなって迷うのはかなり贅沢な悩みよね」 「西へ行けば、ニューカレドニア、バヌアツ共和国、ソロモン諸島、ギルバート諸島、パプア・ニューギニアのメラネシアの島々があるよ」 教授から衛星通信が入る。 「調子はどうだ」 「海の色は青の顔料を流した天然色です!」 「それはよかった。さて目的地は大分近くなった。ランギロア島には夜間に低空から海を這うようにして近づきなさい。アヴァトル村の飛行場は空の上からでもわかりやすいが、降りるのは空港ではなく、村の東はずれの珊瑚礁と外海をつなぐ水道に面したところにある“マリの家”という民宿だ。経営者のマリは私の知人で、連絡をしておいたから車を預かってくれる。島内の移動に使うアウトリガーカヌーの手配も頼んでおいた」 ランギロア島は、タヒチ本島から北東350キロメートルに浮かぶ、まあるいドーナツ型の島である。 何よりこの島を有名にしているのは、世界第2位の大きさのランギロア環礁である。ランギロア環礁は、長さ67キロメートル、幅23キロメートルにも及ぶ。その内海は環礁湖というより外海に近い。素潜りをしてみると、波のゆらぎを投影した石灰色の海底は手が届きそうだが、潜ってみると水深10メートルぐらいはある。水底を見ながら泳いでいると白い水底に踊る自分の影が人魚となり、我を忘れてどんどん沖に誘導されてしまう。 教授の指示どおりに未明に海上から直接マリの家に降り立った。マリの家は海に面した広い敷地にあった。 車を降りると、さっそくヤシガニのお迎えがきた。相当大きいのもいる。あんなのに挟まれたらたまらない。時々にぶい音がするのはヤシの実が砂に落下する音である。ヤシの木の下は特に注意して歩かなければならない。昼寝なんてとんでもない。 マリは早起きだった。早速ふたりを認めて声をかけた。 「おはようございます」 マリは日本語が少々できるようだ。 「今日は太陽が隠れる良く見えるよ、きっと」 一通りのあいさつが終わると優里は尋ねた。 「ところで、どうして私たちのプロフェッスェール(教授)と知り合ったのですか」 「私、黒真珠つくっています。ある日大きな真珠できました」 マリの話を要約すると以下のようである。彼女はここから東北東の方向にあるマニヒ島で、黒真珠の養殖に取り組んでいた。マニヒ島は黒真珠で有名なツアモツ群島でも、もっとも美しい真珠が採れる島といわれる。その辺りの海水温が生育に適しているからである。 彼女の仕事は、黒蝶貝の組織を切り取り、その組織を核となる池蝶貝の玉とともに貝のなかに再び戻す玉入れという作業である。真珠層が核を覆うまでに数カ月から数年かかるが、彼女は手先が器用なのと研究熱心なため、良質の黒真珠が得られることが多かった。 直径21ミリの極上真珠が採れたときのこと。その夜、真珠を枕元に置いて寝たところ、黒真珠がささやいている夢を見た。黒真珠いわく「太平洋の向こう岸へ行きたい」。 マリは朝起きた時、その不思議な夢をかなり覚えていたが、昼過ぎにはほとんど忘れてしまった。真珠はタヒチ本島のパペーテの宝石商に高く売れた。そして念願だった民宿をランギロア島で開いた。ここだと民宿の暇な時は、誰かに任せてマニヒ島に出掛けていくこともできるし、タヒチ本島のバペーテへも出やすくなる。 その黒真珠を買ったのが教授だったのである。教授は、それをつくったマリを探し出し、わざわざこの地まで会いに来たという。 その時、背中のリュックからチンチラ猫が顔を出した。 マリは何を思ったか、チンチラに近づいて目のまわりを覆い、顔を覗きこんで言った。 「ここにも真珠あります」 マリには黒く大きなチンチラ猫の瞳が宝石に見えたのだ。 今回の日食帯の通過している島では、ランギロア島が観測に適していると予想されていた。ランギロア島は幅が数百メートルしかない細長いドーナツ型で、そのドーナツのところどころが途切れて外洋とつながっている。 対岸が見えないほど大きな環礁湖に浮かぶ小島をモツと呼ぶ。隣の島まで船で何日もかかるようなところへは日常的には行かれない。だから、手軽に行けるモツがピクニックの候補地となる。 気心の知れた者同志が集まって食べ物を持ち寄り、バーベキューをしたりウクレレと太鼓を演奏して歌う。ポリネシアの人は、体格がいいので声量が豊かである。 ポリネシアは一部の観光地を除いて、空路や水路が整備されていない地域が多い。空港はあっても、数人乗りのセスナが着陸できる程度の島がほとんど。暗礁に囲まれた島への外海からの接近は、水深、風向き、澪筋、潮流を熟知していないと座礁の危険がある。 こんな風土で応用範囲が広い乗物は、アウトリガーカヌーとダブルカヌーである。どちらも大航海時代から島々の行き来に使われてきたもので、モツ上陸には今も欠かせない。 二隻を縄で頑丈に縛ったダブルカヌーは積載量が多く、長距離航海において威力を発揮する。アウトリガーカヌーは、もう一隻の船の代わりに水面に接触する大きな腕で船体を安定させたもの。パンの木をくり抜いた小さな船は、主として近距離用に使われ、大きな船はリンゴの木を縄で接合した構造のダブルカヌーが多く、八百人を載せることもできたらしい。 食料は、タコノキの実や、乾燥させたイモ、シャコガイの肉を準備し、船上でニワトリを飼いながら大型魚を捕まえる。水はヤシの瓶に詰めて持参するが、生魚を絞り出してその汁を吸ったり、海に長時間浸かることで皮膚から水分を補給したと伝えられている。長い航海に先立って、乗組員には水や食料を節約する訓練が施され、その結果3〜4週間の窮乏生活に耐えられたという。この期間はポリネシアでの島と島を結ぶもっとも長い航海日数に等しい。 赤道をはさんでほぼ対照の位置にあるハワイ(北緯20度)とタヒチ(南緯18度)の間をカヌーで一月かけて人々が行き交い、その航海に天文学が用いられたことは確実である。北半球では北極星が、南半球では南十字星が指針となったのだろう。けれども、熟練した水先案内人は、はるか遠くの見えない島の位置をぴたりと当てる。心の目で島影を見るのだという。 南海の楽園に対する人々の憧れはいつの時代も変わらない。優里が言ったように、ここでは大人が子どもになり、子どもが大人になる。ただし、20世紀の楽園は、それを見ようとする人にだけ扉を開ける。 日食観測 モツへは、ダブルカヌーで渡ることにした。うねりがなければ内海だけに操船は容易だ。波打ち際まで接近して荷物を降ろすことができた。日食開始まであと3時間ばかり。口径10センチの蛍石レンズを双胴で備えた赤道儀を据えつける。 螢石とは、レンズにつきものの色収差が皆無で鮮鋭なピントを結ぶガラス素材である。双胴とは、左右一対の鏡筒を備えた望遠鏡で眼視と写真の同時観測が可能である。赤道儀とは、望遠鏡を支持する架台で、鏡筒の反対側にバランス重りをつけた追尾装置である。天体は地球の自転のために見かけ上の天球を移動していくので、地球の自転を打ち消すように星を追尾する必要がある。そのため、望遠鏡の動きを地球の自転軸に平行にしなければならない。この作業を赤道儀の極軸の設定という。極軸の傾きはその地点の緯度に等しい。だから赤道直下では0度になり、両極では90度になる。 極軸の設定が終わり、テストの結果、太陽像を良好に追尾しているのがわかった。スコールが来なければ天気は上々だ。 望遠鏡にビニールのカバーを付けていると、優里は木陰でさっと着替えて海へ入った。優里の頭が静かな波間に見え隠れしている。屈託のない笑顔が見えるようだ。 ヤシの木陰であくびをしていたチンチラが、何を思ったか優里を追いかけて水に飛び込んだ。猫は水を嫌うはずだが、イヌカキで優里のそばまでたどりつくと、そこからバシャバシャ音を立てて沖へ向かって泳ぎはじめた。しかし、溺れているのか様子がおかしい。 服を抜いで飛び込んで見ると、遠目にサメの群れが迫っていた。チンチラを追いかけているようだ。優里は気付いていない。 「悪いけど、望遠鏡を見ててくれる?」 「はーい」 水面でばしゃばしゃ音を立てたり、珊瑚礁の尖った岩で怪我をすると、サメを興奮させてしまう。そうならないように優里を上陸させたかった。何も知らない優里が陸に上がるのを見届けた。 サメを睨みながら冷静に観察した。大きいものでも2メートルに満たない小型のサメで、その凶暴な顔付きとは裏腹に珊瑚礁内で群れているおとなしい種類と判断した。 「今いくぞ」 波間を浮き沈みしていたチンチラ猫に追いついた。サメはそれ以上近づいて来なかった。猫を腹に抱えて空を見ながらカエル足で岸に戻った。この泳ぎは速度は出ないが、音がほとんどしないし楽だ。岸にそっと上陸して優里の元へ走る。 「よくやった。缶詰のフルコースをやるぞ!」 今では事態を掌握した優里がチンチラ猫を抱きしめた。 「ほんとうにありがとね」 チンチラ猫はキョトンとしている。 「こいつ、勇敢だよ。サメの注意を引きながら、ぼくに知らせようとしたんだ」 「まだ心臓がドキドキしてる」 心臓の鼓動を伝えるかのように、彼女の胸は躍動していた。やがて猫を抱いたまま木陰に消えた。 サメ騒動はあったが、好天に恵まれて日食観測は順調に繰り広げられた。短波で標準時を受信しながら、現象ごとに声のメモを録音するという方法を取った。 優里は始めての皆既日食に歓声を上げていた。この程度の機材と方法で観測しても学問的に意義はない。しかし教授は趣味として天体観測が好きなのである。だからいくつかのデータと生映像を撮ればそれで十分だった。本当は自分が見たいのだろうが、多忙なので行けなかったのである。四国三郎の長距離飛行の性能試験を兼ねていたし、日食をみせてやりたいという親心もあったのだろう。 静かな内海を手漕ぎの船が波紋を広げていく。太陽が波間に消えて数分がたった。 「あっ、みて!」 「ほんとだ」 「こんなことって……」 「みるみる色が変わっていく!」 カヌーの船縁に当たる水音。 チャプン チャプン 夕日が線のように伸びている。 ゆうらゆうら すうっ── 残された赤銅色が尾を引いていく。 きらっきらっ きらっ 最後の残光が吸い込まれて、あとは無音。 地球が見せる天然色の映像が刻一刻と映し出され、うつろいゆく。 それは、東も、西も、南も、北も、上も、下もなく、360度真紅に染めながら、ランギロア環礁は暮れていった。 空と海の境目がなくなった瞬間、神様が降りてきたような気がした。赤の余韻が空気を震わし、船の上で崩れ落ちそうになるほどの感動がふたりを包んだ。 優里は、この景色、どこかで見たことがあるような気がした。それがどこだったか思い出そうとしたが、水音に揺られているうちに、はしゃぎすぎた観測の疲れで、知らぬ間に眠りに落ちてしまった。 春の色 このところ晴れたり曇ったりで天気が安定しない。三寒四温である。けれども、少しずつ暖かくなっている。 ここは那賀川下流ののどかな集落である。土手に近い田んぼでふたりの兄妹がれんげ草を摘んでいる。あぜみちには、たんぽぽ、オオイヌノフグリ、ぺんぺん草が咲いていた。 春の野草にはそれぞれあそび方がある。だれでも知っているように、ぺんぺん草は実を引っぱって回すとジャラジャラ音がする。 れんげ畑でふたり遊んでいると、いつのまにか招き猫みたいな白い猫が寄ってきた。妹は両手をせいいっぱい前に差し出して、「おいでおいで」をしながらよたよたついていくけれど、猫の方はまるで相手にしない。というより、されるままにじっとしている。 裏の妙見山を振り返ると、黒くすすけた木の家が見えた。母屋に続く垣根の坂道をかけのぼる。家の裏には那賀川の水を引いた深い用水があり、その流れは強い。お兄ちゃんはこわごわのぞきこむけれど、妹はゴーという音が聞こえると逃げていってしまう。 笑うことと楽しいことの間に少しの距離もなく、無邪気な仕草をするたびに、ふたりの兄妹は大きくなっていく。疑うことを知らず、好奇心にあふれて問いかけるまなざしがひたむきであればあるほど、日一日と賢くなっていっただろうこの兄妹に会えたらどんなにかうれしいことだろう。 私は過去に戻ってレンズを向ける。するとレンズに気づいた子供は、きょとんと顔を上げる。 「なんだろう」 口元をきりっと結んでふしぎそうな瞳は微動だにしない。 妙見山へ遊山に行くのもこの頃だ。男の子の絵がたどたどしく描かれた空色の重箱がお兄ちゃんのお気に入り。三段重ねの重箱に寒天やたまご焼きを詰めて持っていく。昼間登った時、お兄ちゃんは那賀川の水面がきらきら反射するのを食い入るように見ていた。 夜になって、頂上付近に桃色のぼんぼりが明滅するのが里から見えた。お兄ちゃんは勇気をもってひとりで登ってみた。手拍子のカチッとした響きが山中にこだまし、そこへ唄の節とも思われないような不気味な合唱がけだるそうに聞こえてきた。こわかった。あれは鬼の宴会だと思った。声のする方をみないように、いちもくさんに里へと駆け降りた。 田に水が入った五月。おたまじゃくしに似た変な生き物が、せわしく足を動かして泥の上をすべるように泳いでいる。カブトエビである。 桜並木はせみの宝庫。せみ捕りには金網の虫籠をさげていくのだが、親戚の兄ちゃんは、おじいに作ってもらった竹細工の虫籠を持っていてうらやましかった。桜並木にいるのは、アブラゼミかニイニイゼミで、裏のくぬぎ林には、はねの透明なツクツクボウシやヒグラシがいる。こっちの方が高級感がある。 緑と赤が虹色に光る玉虫は捕まえたことがなかった。捕った、という子がいると見せてもらいに行った。 オニヤンマはさすがに大きかった。あの黄色と黒の縞がブンブン音を立ててこちらに飛んでくると、かみつかれそうな気がした。 そこへいくと、ギンヤンマの優美さは比類がない。陽光を透かしてみる葉裏のような胴体がひるがえっては、水辺をスイスイスーイスイと翔ぶ。ほんの少しラムネ色したはねを小刻みに動かし、とめてはまた動かす。トンボはちょうちょみたいにはねをしょっちゅう動かさないのである。 サルビアの花の蜜は甘いな。ホオズキの袋のなかには何が入っているのかな。サルビアやほうせんかの袋は子どもにいたずらされる。でもそのことによって、種を広い範囲にばらまいている。 夏の昼下がり。そろそろ来るかな──。 「チリンチリン、チリンチリン。う〜まいキャンデー」 (あっ来た来た、自転車に乗ったアイスキャンデー売りのおじさん。ハッカにしようかニッキにしようか) それは美味というよりも、にごりのない水彩絵の具を思わせる素朴な風味だった。一度食べると、もういいやと思ったりするけれど、あの鈴の音を聞くと、また欲しくなる。 人の住んでいない納屋の二階には瓶や壺を並べてある。畳を敷いてあるところが昼寝の特等席。時折、土手の中段をカブやオート三輪が、トトトトッと通りすぎる以外はせみの声しか聞こえない。 稲穂はたなびく順番を待っている。 (風そっと吹いてみろよ) 稲穂が熟れて、草いきれからわらの香ばしい匂いに変わったとしても、あぜみちの平凡な事件にすぎない。 「りすは秋のあいだ、せっせと食べて冬ごもりにそなえます」と、巣のなかで丸くなっている絵本のさしえ──。高い空に柿の実がぽつんと一つ残されていた。 こうして太陽の回りを地球が一周してまた春になった。 ふたりの兄妹は、家の前の那賀川で遊んでいた。この辺りはひろいひろい河原があり、下流なのに流れが速く、南から北へ蛇行した川が北岸にぶつかり、土手の下は渦を巻いた水がいきどおっていた。土手をはさんで里の方には「どんがん淵」という池があるが、河童が住んでいるから近づくなといい聞かされていた。那賀川はこのところ降り続いた春の大雨で濁っていた。一雨ごとに水が上がって暖かくなるとおじいは言っていた。 普段よりも小さくなった河原でぽつんと菜の花が一本咲いていた。妹は摘もうと近寄った。でも摘めなかった。お花が話しかけてきたから、と言った。 (どんなこと?) お花があいさつしているようで「何だかすうっとした」そうである。お兄ちゃんにもわかった。ただしお兄ちゃんには、「先生に叱られたこと、気にしないで」と言ったそうである。 川には近づかないようにとあれほど注意されていたにもかかわらず、ふたりの兄妹は来てしまった。なぜだろう。 それはつくしである。つくしんぼが土手いっぱいに生えていたからである。節くれだったマッチ棒のようなかたちは、小人のように可愛らしく、子どもの心を引きつけずにはおかないのである。 妹がかぶっている麦わらぼうしは、母親が日焼けしないようにと持たせているお気に入り。妹はその麦わらぼうしに、摘んだばかりの宝物をどんどん詰め込んでいく。ふたりがかりの作業の結果、またたく間にいっぱいになり、手のひらは草の汁でべとべとして草くさくなった。緑のらくがきを落とそうと、お兄ちゃんは浅瀬がつづく安全な場所まで妹を連れてきた。手のひらをこすってやる。指先まで透き通る冷たい川の水に、二十本の指が踊っている。冷たくないかと顔をのぞきこんでやると、妹は顔を真っ赤にして「つめたい」と後ろを振り返ってお兄ちゃんにてのひらを見せる。 以前、お兄ちゃんがかぜで寝込んでいるところへ、妹が「遊んで」とやってきた。お姉ちゃんはまだ、バレーボールの練習から帰ってなかった。お兄ちゃんは「熱があるからしんどい」というと、妹は、お兄ちゃんの額のあたりに手をあてて神妙な顔つきをした。その母親のような所作にお兄ちゃんは吹き出してしまった。あれから少しは手のひらも大きくなってはいるのだけれど、やっぱりちっちゃな手だなとお兄ちゃんは思うのである。 手をふいていたお兄ちゃんは妹の頭をなでながら言った。 「兄ちゃんがつくしんぼ持ってやるけん、おぼうをかぶろな」 兄と妹の歳の差は九つ。これくらい歳が離れているとけんかにはならない。ときどきしかられて反抗することもあるけれど、お兄ちゃんは、どうしてなのかな、と同じ目の高さで一緒になって考えてやっていた。結果的に妹が自分で正解を発見した気分になっても、きっかけを与えるだけで手は貸さなかった。そうしてよかったな、よかったなと頭をなでてくれるお兄ちゃんになついていた。 「おにいちゃん!」 きらきら光る水面に負けないぐらい楽しそうな妹のはしゃぐ声。そんな兄妹を春風が妬んだのだろうか。岸に置いてあった、つくしんぼ入りのぼうしが風に飛ばされて川に落ち、浅瀬を流れはじめた。 この帽子は、デパートに行ったときに一目見るなり気に入ってしまい、抱えて放さなかったものだ。まだ早すぎるよ、これは大きいお姉ちゃんの帽子よ、という母親の言葉に耳を貸さず、いつものようにおもちゃ売り場に連れていってもらったのだが、りかちゃん人形や積木ブロック、クマのぬいぐるみ、くるみちゃんのお家、モウモウ牛さんには目もくれず、母親の手を帽子売り場へとひっぱっていった。 いったいおもちゃ売り場ほど、胸踊る場所はないだろう。お兄ちゃんはとうにおもちゃを卒業してしまったけれど、五歳の頃に当時五百円もする大きなきかんしゃをみて、その場に立ちすくんで駄々をこねたこと、そしてやっと買ってもらったことを昨日のように覚えていた。あのきかんしゃの上に乗ってよく遊んだな。それから電蓄の上に乗ってぐるぐる回したけど、壊してしまったな。あのきかんしゃ、どこに行ったのかな、などとお兄ちゃんは思い出していた。 幼い子は、自分に合うおもちゃを一目見ただけで見抜いてしまう。小さな心が見つけた宝物である。でも、ある日突然そのおもちゃに見向きもしなくなってしまうことがある。おもちゃに飽いたのだろうか。それともまた別の宝物が見つかったのだろうか。いずれにせよ捨てられるおもちゃこそ悲劇的ではあるが、「こんなにボロボロになるまで使ってくれてありがとう」とか、「もう少し大事に使ってね」「あんなに喜んでくれてぼくは満足しているよ」……汚い手でさわられて薄汚れてしまうおもちゃたちだけど、口が聞けたらきっとこんなふうに言うだろう。おもちゃたちが顧みられなくなるのは、狭い家に足の踏み場もないほど散らかるおもちゃを見て、まだお金(心)にゆとりのない若い母親が、子どもの心が成長した証拠だと気づく前に、気前よく捨ててしまうせいかもしれないのである。 お兄ちゃんは妹の優しい気持ちを大切にしてやりたかったにちがいない。事故の後で何であんな帽子のためにとみんなが涙を流しても、お兄ちゃんはもう帰ってこない。 ズボンをまくってお兄ちゃんは浅瀬に入った。足がこごえそうだ、でももう少しだとお兄ちゃんは思った。目の前を流れる帽子に手を伸ばした。 (届いた!) 笹濁りのため、底が見えにくくなっていた。流れを下っていくうちに川の真ん中に出てしまい、気づいたときには、岸に戻れないほどの水流になっていた。川底の斜面を駆け降りるように足が勝手に動きだして止まらなくなった。気が付くと、渦巻く深みが目の前に迫っていた。焦ったお兄ちゃんは流れに逆って戻ろうとしたとき、苔の生えた石に足をとられた。おそらくその時に転んで頭を打った衝撃で右も左もわからないまま瀬を転がり、やがてあの白波の立つ淵にのまれていったにちがいない。突き出たテトラに身体をむしり取られながら即死の状態であったか、あるいは朦朧とした意識のまま、水が苦しかったのか。 (おにいちゃーん) 何が何だかわからないまま、ただごとではない悲鳴をあげて、流されていくお兄ちゃんを見送った妹の心中を誰が想像することができるだろう。河原にうずくまっていた妹を近所の人が見つけた時には、もはやお兄ちゃんの姿はどこにも見えなくなっていた。 そして、お兄ちゃんをのみ込んだ那賀川とお空が真っ赤に泣いていた! 時間が経つにつれ、一抹の希望が絶望に断定される時期になっても、なおあきらめず、家族や近所の人たちが海までの河原を捜索し続けた。けれどもお兄ちゃんは発見されなかった。 「どこにいるの!」 ──祈るような母親の声。 「わしと代わってやりたかった」 うずくまる祖父。 「せめて、遺体を家族の元に返してあげたい」 仕事を一週間休んで朝から晩まで川筋を探した近所の人。 今日で全体捜索は打ち切りというその日の朝、十キロ下流で半身になって沈んでいるところを発見された。遺体は水膨れが進み、血が吹き出た跡が何箇所もあった。顔は遺族さえ直視できないほど変わってしまっていた。せめてきれいな姿にしてやりたいと、ガーゼで拭いてやりながらぶよぶよのからだを抱きしめる親の心こそ、哀れだった。たったひとりで旅立とうとしていたお兄ちゃんは、多くの人に見送られて昇天したのである。 二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ 〔万葉集 一〇六〕 命がどれほど尊いかなどと今さら言うことはない。兄妹の血のつながりがどれほど濃いものかを想像することも困難である。 その夜、妹はお兄ちゃんに馬乗りして空を飛んだ。まちの灯がどんどん小さくなっていく。 (おほしさまに手がとどくかな) 妹はお兄ちゃんの背なかの上で声をたてて笑った。 ゆりかごのうたを かなりやがうたうよ── ふと、妹は気づいた。お兄ちゃんのからだ、どうして、こんなにつめたいの…。 お兄ちゃんは笑っていなかった。 お兄ちゃんの背なかに寄り添ったまま、妹の頬をひとしずく星が流れた。 裏山のくぬぎ林でカブト虫を探し、サンショウウオの谷に手を浸し、蜂に追いかけられて悲鳴をあげた季節は過ぎ去り、里山は宅地に変わった。そして私はたったひとりの旅を続けている。 言葉もなく逝ってしまった人は、夏の暑さに負けることもなく、凍てつく風に鼻を真っ赤にすることもない。宿題を忘れて叱られることも、人間関係に悩むこともない。 元気にしています、と伝えてほしい。もう一度、秋の唄を聞かせてあげて、赤とんぼ。 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われてみたのはいつの日か 目が覚めた優里の頬には涙の跡があった。覚醒とともに、鮮明だった記憶がやわらいでいく。 (ここは南太平洋だったんだ) 「もう、大分暗くなったよ。ほら、星が出ている」 「ほんとだ」 列車に揺られ、ひとり旅に出た。ひなびた駅の陽だまりで降りた。駅前の雑貨屋で炭酸飲料を買いこむと、高原行きのバスに乗った。見渡すかぎりの田んぼ──。入道雲の下に南アルプスの山々が横たわり、裾野がかげろうで揺れていた。 こんもりと茂る鎮守の森をいくつか過ぎると、でこぼこ道に変わった。 (どこまで行くのだろう) バスはほどなく終点に着いた。朽ちかけたベンチに腰を降ろすと、バスは砂ぼこりを舞い上げて立ち去った。バスが見えなくなるまで目で追った。黄色くかすむ道、ミンミンゼミの声が響いていた。 しばらくは砂利道を歩いた。少しずつ上がっているようだった。そして、やわらかそうな草むらを選んで寝ころんだ。 (この空の高さはいつか見たことがある) 生まれた場所を遠く離れ、住み慣れた街を後にして名もない高原にいる自分。 (どこかで見たような──) 風に吹かれていると、さみしさとさわやかさが混じり合って、なつかしいと思う気持ちがした。傍らのすすきや石ころさえ、語りかけているような気がした。 何の不足もない人生、けれど何か物足りかった。彼女は恵まれていた。そして、わずかに退屈もしていた。だからといって、波瀾万丈の人生を求める気持ちはなかった。欲しいものは何でも手に入る、やりたいと思うことがやれる。人から見れば、うらやましがられるかもしれないが、このままではひからびてしまうような気がしていた。 遠くから若い男が彼女の座っている場所へ近づいてくるのが見えた。優里の思索をさえぎる声がした。優里は麦わら帽子越しの笑顔であいさつを交わした。 旅は、彼女の満たされない気持ちを癒してはくれなかったが、彼女の胸にはあの高い空が微笑みかけてくれているような気がした。 東京に帰った優里は、店をたたむ間際を見計らって、玄さんの店に立ち寄った。玄さんは掃除にとりかかるところだった。 「待たせていただいてもいいですか」 「いいよ」 玄さんは入口の戸を二箇所空けて外気を取り入れると、床から始めた。高いところから始めるのが清掃の常識なのに、なぜ? 「汚れのひどいところから始めると、掃除が終わる頃にはきれいな空気のまま閉められる」 ほうきを使わず、いきなりモップで水拭きを始めた。こうすると埃が舞うことがない。しかし、ゴミを床にすりこむことにならないだろうか。 その秘密は玄さんのモップの使い方にある。モップは往復運動をさせずに、一方向に均一な圧力で、しかも一度拭いたところは二度と通過しないように動かしていた。こうすることで、「掃く」というほうきの作用と、「拭く」というモップの作用が同時に行われるのだった。 作業を始めて5分後、水の動きを残した半渇きの床が天井からの光線を反映していた。阿部氏が掃除に一時間半かけている、と看破したのは誤りで、実は半時間弱だった。掃除が終わった店内は、すがすがしい空気が感じられた。玄さんの手順にはまったく無駄がなく、短時間の間に流れるように作業が進んでいた。 仕事を離れた玄さんは、先入観を捨てて対象に向かい合い、論理を積み上げて事実に迫る思索家で、「常に懐疑的な立場を取りたい。それには両極を理解し、それを凌駕する見識を持たなければならない」と言っていた。一見気難しそうに見えるが、自分を飾らず、偉ぶらない人であると優里は感じていた。 年の離れた玄さんと話をしても、決して説教じみたことを言わないし、結論を示さない。けれど、何かしらヒントになるような言葉が返ってくる。 いつものように淡々とした調子でこう言った。 「世の中には二種類の人間がいる。『しなければならない』と『したい』。『やらされている』と『やらせてもらっている』。『忙しい』と『することがたくさんある』。似ているようで違う。現実をどう認識するかはその人しだいだ」 それからしばらくして、この南太平洋行きの話が持ちかけられた。彼女は行きたいと思った。運命がたぐりだす糸が無数に存在していたとしても、そのなかの一本に過ぎないこの旅を選ばなければならないような気がした。彼女にとって、自分を見つめる旅であり、車が空を飛ぼうが飛ぶまいが関係なかった。 とはいえ、実際に空を飛んでみるとあり得ない幻のように感じられた。彼女は自分の理性を精一杯動かして否定する根拠を探した。ところが、赤道を越える頃には何とも不思議な気持ちがしてきた。 「考えごとしてたみたいだね」 「うん」 「ほら、南十字星が出てる」 「ほんとだ」 「もう少し暗くなると、南の銀河も見えてくるよ」 「ここはどの辺り?」 「うとうとしている間に潮に流されてしまってわからないんだ」 「そうなの」 「でも環礁のなかだから心配ないよ。対岸の灯りを目印に行こう」 「島には電気がなかったんじゃない」 「宿泊客のためにホテルが発電機を回してるんだろう。ということは、あの辺がアヴァトル村か」 (もっと向こうは日本だわ) 優里は言葉を呑み込んだ。どんな言葉も優里の心を形容できないと思ったからである。 ある日の四国 さっきからペダルを踏みつづけているのに、一向に距離がかせげない。上からの直射は無言のまま肌を突き抜け、下からの照り返しは足元にぞっとするような熱を滞らせる。地球の扇風機は止まったまま…。 (今日吹く風はもう昨日吹いてしまって品切れだよ。また明日おいで) でも、近づくと黒い水たまりは消えた。逃げ水はよく嘘をつく。 車のストップランプが赤に点灯すると、黒いススに混じってディーゼルの排気音が空気をラチェットで刻んで震える。口を閉じて肺を守ってやらなければならない。太陽は相変わらず黙ったまま、七月の午後はフライパンの上で呼吸をしていた。 自分の汗に含まれる塩分で身体が溶けだしてしまいそうだ。暑いといったところで何も変わらない。だから声には出さない。ナメクジの体だってこんなにぬるぬるはしていない。水が欲しい。塩もなめたい。 早く抜け出そう、風になろう。ただ前進する動力機関にすぎないのだ。疾走する風はさまざまな夢想を追い越していく。室戸岬まであとどれくらいだろう。 風景が灰色から緑に変わる。太陽に向かって仲直りをする。草いきれの匂いがした。そして山道へ入った。 風が出てきた。雲の流れが早いとき、空の色がもっとも青くなる。 小麦色の娘が躍動する時、決まって美しく見えるのは、見る人の視線が低い位置にある時だ。 そうして彼女たちを見上げるようにして、ポートレートの背景を空に抜いてしまう。 真紅のサルスベリの花、黄色いマツヨイグサのつぼみ、オニユリのみかん色、トロピカル・ドリンクのライトブルー…。青空を背景に浮かびあがるとき、夏の空という主人公にみつめられて色彩はその時、物体からこぼれ落ちたようにみえる。 汗が出る。 (暑い) 空を仰ぐだろう。上向きの視線は、人間が夏と交わした契約である。 真夏の立体がしたためるけだるく重たい空気に、少しずつ諦念にも似たさわやかさが混じりはじめる頃、沈まないと思えた太陽に翳りが差した。黄昏海岸の目に映る景色のなかで何かがささやいている。ぼくは自転車を置いた。 手をかざしてみると、ガードレール越しに海が橙色に散乱していた。 目を閉じると波が見えてくる。沈黙の間をそれとなく波の音が満たしている。波頭がくずれながら横へ平行移動するのと、戻ろうとする波が縦の方向でぶつかりあう。その音のずれが、ほとんど海と陸の境目のない空気の厚みを感じさせているのだと気づいた。 引きずられてこすれあう石ころ。波の声はやはりここまで届いている。はるばる太平洋から届いた旅の終点は幾重にも重なった砂の拍手。それは、突然ゆっくりと起き上がるような調子で声をあげるのだから。 夏の午後が落ちる前に最後にぶつけてくるため息のような情熱に包まれていた。ななめの残照が頬のほてりをなぐさめてくれるようだった。 長く引いた影をたどると、そこにひとりの女の子がいた。白い半袖のブラウスは分水嶺のように正確に光を分けて、直射するところは光を突き放してオレンジ色に染まっていた。 ぼくは目をそらさなかった。 女の子も目をそらさなかった。 そんな状態が一秒間続いたあと、どちらからともなくうつむいた。 ぼくは手を差し出した。ところが、汚れているのに気づいてあわてて引っ込めざるを得なかった。 自転車のパンクはもう修理できている。ぼくは目線を上げて彼女を見た。やはり少し淋しそうな表情に思えた。 けれど、それは間違いだった。小さくてふくよかな唇がわずかに動いて、 「ありがとう」 そう言うと、きりっと結んでいた口元がゆるんで白い歯が並び、瞳はさらに大きく開かれて微笑の静止画をとってみせた。 その笑顔に心の裏付けを必要としないのは、彼女が両親から情愛を持って授けられたにちがいない、均整のとれた容姿を持つ女の子だから。そのことを彼女自身、直観で感じていたのだろう。だから、なるべく目立つまいと表情を抑えているのかもしれなかった。 彼女が手を振った。 草の根の大地に立って空を見上げた。ため息のような情熱が溶暗していくと、背景は少しずつ照明を落とし、星がひとつ、ふたつ、にぶい光を空間に放ち、しだいに明るさを増していった。 ぼくは自分がどれだけ無力かを知っている。だからこそ、すばらしいものに会えるだろう。 トレモロで刻む弦の上をハーモニーがサーっと拡がって始まった夏、輝いていた。 船に当たる波の音だけになった。 優里は空を仰いでいた。雨が落ちてきた。上空1万メートルの水滴は優里の唇を濡らしていく。波のリズムは回想に誘う。 春は、お遍路の季節。雨が霧のように細くなった昼下がり。雫を宿した桜の花弁は灰色の空を背景に、ぼうと白く浮かんでいる。その木の下に立って、もっとも美しい花びらに、ほほを触れてみたらどんなにかすばらしいだろう。四月の雨に打たれるひんやりとした花。 船が桟橋に着いた。桟橋には島の酒場があった。男たちが静かに酒を飲んでいた。ひとりがささやくようにぽつん、と歌いだした。何人かがそれに続いた。時にかけあい、時に独唱を浮かび上がらせる。波が小刻みに橋桁に当たっては合いの手を入れる。 ウミアエコ アシアオタタ ウモハタハク オモマヘニィファ ヘタギオイアウエ トイタギオイアウエ コイカイテオイ ペーアガフィフィ… 男たちがささやく朴訥な恋歌だった。こんなラブソングを歌われたら、女はたまらないだろうと思った。胸にかけられる一杯の甘酒のようだった。 酒はさらに進んだ。男たちはタコ釣りの唄を歌いだした。木の机を叩いて、櫓がカヌーに当たる音を表現していた。物哀しいその歌は、旋律を書き留めることができない微妙な音程で揺らいでいた。男たちの声は風に吹かれて海の彼方へ消えていく。 優里は、夕食の用意が終わってくつろいでいたマリを認めた。 「マリの夕食、とってもおいしかったわ」 「よろこんでもらえてうれしいよ、ユリ」 「サラダなんて久しぶりだからたくさん食べちゃった。でも市場には果物はあっても野菜は少ないね」 「野菜食べるいいことよ」 「ところで、個人的な質問をしてもいいかしら、マリ」 「OK」 優里は、タヒチ産のヒナノビールを袋から取り出して勧めた。 「マルル(ありがとう)」 「マリの日本語はすばらしいわ」 「あいさつだけね。ユリがタヒティ来て、イァオラナ(こんにちは)言う同じよ」 「黒真珠の話が聞きたいわ。見事な黒真珠が採れた時のことを教えて」 「ポリネシア人仕事しない。百年前お金なかった。みんなそれで生きてきた」 マリは、優里の質問に答える前に、ポリネシア人について語りはじめた。彼女の話では、ヨーロッパ人との接触は功罪半ばだという。釘を始め鉄器具をもたらし、キリスト教が普及して生活は便利になり、争いや食人の習慣はなくなった反面、昔はなかった伝染病や利害の対立、規則が増えてきた。特にお金の存在がポリネシア人の価値観を変えた。 その昔ポリネシア人は働く必要がなかった。海と陸の幸がふんだんにあるので、食べるための仕事は必要がなかった。 しかし西欧人との接触により、さまざまな便利な道具を知った。それらを手に入れるためにはお金が必要となった。 港には外国製、特に日本製のモータをつけた船が多い。電気がないこの島では日が暮れると若者が集まってきて、ヒタチやトーシバのラジカセでアメリカのトップ10を聴いている。特にソニーは人気が高い。食料品店には即席ラーメンや豆腐、キッコーマンが並んでいる。着るものは華僑が香港などから持ってくる。 「今の生活悪くないね。私働く好きいうことよ」 「手先が器用だし、働き者だからあんなに立派な真珠ができるのね」 「いい真珠愛情かけて作るよ。すばらしい真珠できる信じるよ」 マリはヒナノビールを優里に注いで、一度厨房へ引っ込み、再び出てきた。 「これはプロフェッスェールが私に送った真珠です。知っているですか? ポリネシア人、友だちにたくさんの品物贈ります。 私バナナ二百本を贈ります。あなた自分の食べる分とって残りのバナナ返します。これみんな楽しい。自分の物と思う、けんかになるよ。大切なもの、みんなで持ついいことよ」 優里は微笑んでうなずく。 「この真珠は優里のものね」 「マルル、マリ」 「マルル、ユリ」 贈り物をじっくり眺めたあと、再びマリへ贈り返す。 「真珠は人の心。生き物に心あるね。誰かにあげるもの、心込めて作るよ」 アイタ・ペアペア ふたりは、タヒチの島々をまわってみることにした。まず、ボラボラ島に渡った。 島の象徴ともいえる白砂のマティラ・ポイントに自転車を止め、熱帯魚に餌づけをした集落を求めて少し戻ると、古い映画のセットらしい建物があった。その後ろにそそり立つオテマヌ山。タヒチの印象は、ボラボラ島のこの山と珊瑚礁で作られるのではないかと思われる。 翌日、知り合った地元の若者たちとカヌーでモツ・ピクニックに出掛けた。アデルという女の子が青いペンキを持ってきた。彼女はモツに上陸してから今日のメンバーの名を小高い岩に描いた。タニア、マリ・テレーズ、ダニエル、ムーシン、オデタ、ルース、バラクータ。そして日本人の名も刻まれた。はにかみ屋のダニエルは、自分の手を大きな岩の窪みに手を当ててフランス語で言った。 「ごらん、これは昔この島に巨人が住んでいた証拠だよ」 (ア ボン?) 環礁の切れ目に行くと、海が川のように流れていた。天然の水路となった水底には、翡翠色の小石が敷きつめられ、瀬の中央は澪すじとなっている。それでも水深は2メートルぐらいしかない。浅瀬を歩くとサンダルの上を水がくぐっていく。 ポリネシア人は昼間うとうとしている。ハット(かや葺き小屋)で昼寝をしたり、海につかって涼んでいる。皮膚から水分を補給しているのだという。体に巻いているのは一枚のパレオだけだから、さっと水に飛び込める。人は動かないが時間は動いていく。 時間を惜しんで自転車を走らせると風景に溶け込めない。時間は未来に向かって動いていくのだから、急げば急ぐほど時間の貯金は減り、のんびりすると貯金は増えていく。時間銀行ポリネシア支店は預金客が圧倒的に多い。 日が暮れるころ、昼寝をたっぷり貯えたポリネシアンは、手に手にウクレレを持ってノソノソ出てくる。電気がなくても星空があるさ。大きな体で楽天的だから声がよく通る。しかもノンビブラートがいい。 周遊道路から踏み跡をたどると、太平洋戦争時、米軍が残していったアメリカンカノンと呼ばれる大砲があった。大砲の上からは、ヤシに覆われた島の半分が展望できた。 小学校を訪ねていくと、緑の絨毯の上を子どもたちが走り回っていた。カメラを構えると、いっせいに駆け込んできた。28ミリ、f11、500分の1秒。露出補正プラス1段。PKR。 「椰子の木と芝生の校庭なんて素敵じゃない」 それほどの逆光とは思わなかったが、日本に帰って現像すると、強い陽射しで子どもたちの顔は真っ黒だった。 ぼくは、国の内外を問わず折り紙を持っていくことにしている。折り紙を折っていると、どこの国でも子どもがめずらしそうに寄ってくる。ボラボラ島では鶴と風船をつくってポリネシア語で発音してみせた。 「ワゾ(鳥)」 子どもたちは目を丸くした。ひとりに作ってあげると、みんな作ってくれとせがんだ。折り紙がなくなると、家から「この紙で作って」と持ってくる子もいた。 食べ物の種類は少ないが、ニュージーランドの経済圏なので肉が安い。時々ラム肉を混ぜながら、毎日ビーフステーキを焼いて食べる。高いコカコーラは敬遠してヤシのジュースを飲む。甘味料に慣れた舌には物足りない。でも、たっぷり飲めるから喉の渇きが癒える。若いヤシの実を割ると、底のほうにババロア状のやわらかい部分が残る。ここがカニのミソならぬ、ヤシのトロである。それを指ですくって口へ運ぶ。 (あっまい!) オレンジ色のバナナは甘い。パンの木はウリと呼ばれ、その実はパンの味がする。 夕食は町から離れたレストランを選んだ。魚のスープやマヒマヒのステーキがある。とりあえず、スープを注文する。お代わりを催促するような大きな鍋に、魚をこなごなに煮込んだ淡いトマト色のシチューが出てきた。とても食べきれそうにない。 庭先で女の子がはにかみながら手招きをする。自分で染めたパレオをたくさん並べているのだ。目移りしながらも優里は3枚買った。パレオの装い方の流儀はいろいろある。夕食時、パレオ姿の優里を見た。誰に教えてもらったのかなかなかうまく巻いていた。胸の小さな人はずれ落ちるかもしれないねって、パレオ初体験の感想であった。 地球のへそに夜が訪れた。 (ああ) 輝いてる、輝いてる──。 無数の微光星が集まるミルクの道。射手座は凛として天球を流れる銀河の光茫に浸る。この辺りは銀河系の中心領域に当たり、天の川はいちだんと明るさを増しながら一千億の星々の光のシャワーを地上に降り注がせる。足元に目を落とすと星明りで自分の影ができている。信じられない。星々の大集団からの匿名の贈り物は、地球の夜に光と影をもたらしている。天球を仰ぐと、自分が銀河の中心にいる、そんな感じ。 人間の身体も元は輝く星屑だった。都市の空から星を奪っているのは人間の経済活動。不夜城となった地球は、星の光も影も失おうとしている。 りゅうこつ座には全天第二の恒星カノープスがある。マイナス0・7等星も大気の減光のため、日本や中国からだと明るく見えず、南天の開けた場所で地平線が晴れたわずかの時間に出没する。この星を見た人は長寿を得るといわれ、中国では「南極老人星」と呼ぶ。そのカノープスも南半球に来れば、全天第2の輝星の光で燦然と天頂に輝く。 ぼんやりとした雲のような大小のマゼラン銀河は、銀河系のお伴の星雲である。スペインの航海者が発見してマゼランにちなんで名付けたといわれる。 光から電波へ──電波望遠鏡の登場は、それまでの天体物理学の常識を覆した。銀河までの距離を電波で丹念に測定、分析した結果、銀河は一様ではなく泡のように分布していることがわかった。こうして、銀河の分布を探りながら宇宙の構造が少しずつ明らかになっていく。大きな物差しでみれば、銀河は群れをなしている。その銀河群が集まってさらに大きな銀河群を形成し、その超銀河群もグレートアトラクターと呼ばれる巨大重力源にひかれている、というのだ。 オメガ星団は肉眼で認められる球状星団だが、望遠鏡なら数百個の微星があざみのように密集しているさまがありありと伺える。双眼鏡や低倍率の望遠鏡で南の銀河面を流していると、時の経つのを忘れてしまう。アイピースごしに「宝石箱星団」と呼ばれる散開星団を眺めるとき、暗黒の夜空を背景に天からこぼれ落ちた銀の砂たちの明滅にため息がこぼれる。 (靄がかかってきたかな?) いつの間にか、レンズがびっしょり汗をかいていた。人も機材も夜露に打たれていることさえ気づかなかった。もう見られないかもしれない、との思いがあった。 南半球でしか観測できない重要な天体が多いため、世界の天文台は競って大口径の望遠鏡をハワイやオーストラリア、チリ、南アフリカなどに設置してきたのだった。 冷えた身体を抱えるように高床式の民家で寝返りを打っていた。日焼けして潮にまみれた肌が夜露に打たれて眠れなかった。 明け方近くだった。ヤシの木ひとつ隔てた小屋から、赤ん坊がむずかる声が聴こえてきた。こわい夢でも見たのだろうか。 母親のあやす声が重なると、子守歌はささやきになり、闇に溶け込んでいった。もうヤシのざわめきしか聴こえない。どこも同じなんだと思った。 この島で何日かが過ぎた。銀の玉を砂地に転がして競うペタンクという遊びを覚えた。月明かりでペタンクをし、南十字の形に並べてその場を去った。空には二つの十字が見える。北十字(白鳥座)と南十字星である。 ボラボラ島で最後の日。通りがかりの教会の扉が開いていた。日曜日だった。子どもの声がするので入ってみると、ほとんどは4〜5歳ぐらいの幼児である。 その子どもたちに本を読んだり、歌を教えてあげている少女がいた。歳の頃15ぐらいだろうか、髪を白い帯で結んで縦縞のブラウスを着て、土ぼこりにまみれた素足をスカートからのぞかせ、笑みを絶やすことなく子どもと接している。おだやかで親しみのこもったその姿に、思わず「楽しそうですね」と日本語で話しかけてしまった。彼女はにっこりとうなずいた。 子どもは、目鼻だちのくっきりしたヨーロッパ人との混血やメラネシア系、黄色い肌のアジア系も混じっていた。彼女は色の黒い日本人女性のようにも見えたが、気品あるポリネシアの娘だった。 ポリネシアンはパーティが好きだ。2週間の滞在中、何度か呼ばれた。パーティではポリネシア民謡が披露された。日が暮れるとウクレレ片手にひとりふたりと集まってきては歌いだすのだが、ちょっぴり着飾ったこの日の歌はほんとうにすばらしかった。腹に響く太鼓の音と覚えやすいメロディーが耳から離れない。 見送りたいという友人たちを固辞して、ヤシの木陰の四国三郎に乗った。島を一周して環礁の形を目に焼き付け、優里としめしあわせて、上空数百メートルからティアレ・タヒティの花を投げた。このクリームイエローの可憐な花びらを見た者は、再びタヒティに戻ってくるという言い伝えがある。島の人たちは、この花を耳に差している。この花はどこにでも咲いている。 俳優マーロン・ブロンドが所有する美しい島、テティアロア島へも立ち寄った。彼は、映画「バウンティ号の反乱」で主役を演じた人で、南太平洋に魅せられてこの島を買った。それから小屋をいくつか建て、部屋にはベッド、蚊帳、ゴーギャンの模写を置き、しょっぱい水がちょろちょろ出るシャワーを備えたホテルをつくった。ベッドの下は砂、部屋を一歩出れば渚。南太平洋が濃厚に感じられる素朴な雰囲気がいい。 船で1時間ほどリーフを走ると鳥の楽園が見えてきた。砂浜を覆いつくすほどのアジサシの群れに、24ミリ広角を手に抜き足差し足で近寄ったが、鳥たちはいっせいに飛び立ち、一瞬太陽を遮った。 島を一周するとお昼になり、ホテルのスタッフによってランチが用意された。虫よけのため、二人の女性が陽気な掛け声とともに大きなヤシの葉で扇ぐ。熱帯の果実や魚介、新鮮な野菜、肉などを木の葉の皿に盛って食べる。2世紀前のヨーロッパ人の驚きが実感できる。 この島にはホテルのスタッフと少数の家族が住んでいるだけである。人に会わないから旅行中の女の子も水着をつけていない。 世の中の分別や、習慣、法律までもが背景に隠れてしまい、人間関係をつなげていた見せかけの笑顔さえ要らなくなってしまう。 親密な時間、親密な空間、親密な人たち──。小さな囲いのなかで夢をみている。制約はないが乱れてもいない。ごく少人数に限れば何でもないことだ。それなのに、諸々の例外のために不自由な思いをしている。 もう少し自由な身体、自由な心があれば忘れていたものをこんなにも多く取り戻せるのに。 夏休み 「制服以外の姿、見たのは初めてだから…」 「普段はこんな恰好なの」 タンクトップの首筋に汗が光っていた。女の子を好きになる瞬間てこんな感じかもしれない。きゅっと抱きしめたくなる。 「行くよ」 「待って!」 松原まで走っていこう。 「口笛聞こえない?」 耳を澄ましてみる…。聞こえてくるのは松原のざわめきだけ。 「口笛?」 その音は彼女の右横30センチのところから聞こえてきた。息をはずませた呼吸のまま、誰かが口笛を吹いている。風がささやくように、空気をわずかに震わせていた。 「うん、聞こえる」 口笛はそのまま彼女の頬を撫でるように通りすぎると、もうふたりの間に距離はなかった。 国道を左へ 海に向かう真っ直ぐの道 色づいた早稲の海 自転車ですり抜ける 入道雲 田に風わたり せみの合唱 そのとき松林から蝶が飛び出した 動くものみんな 夏 学校が半日で終わった午後、自転車に乗って海水浴にやってきた。 彼女は浮輪につかまり、漂うように沖へ出ていく。ぼくはその横を伴泳する。水が冷たく感じられるころには、浜が小さくなっている。 見上げた空の高さと白い雲……空が視界から突然消えると、しょっぱい感覚がした。それが二人にとって初めてのキスだった。 太陽は西へと傾いている。さっきと同じ道なのにまるでちがう景色に思えてきて… (きっと疲れたんだよ) 背中でこっくり──。 この道はもうすぐ黄金色に変わる。 南太平洋の時間が、ゆったり、流れる。まもなく、ポリネシア海域を抜ける。 「ネヘネヘ・ヴァヒネ(きれいだよ)!」 「アイタ・ペアペア(気にしないの)!」 赤道を越えたところで、日付変更線と交差した。点在する雲を従えて、キリバス共和国ギルバート諸島の一角、ブタリタリ環礁の細長い陸地が見えてきた。太平洋戦争で激戦となった地域で日系人も少なくない。日本語で話しかけられることもある。 どこへ行っても所得水準は低い。気が向いたら仕事をし、風が吹けば外に出て涼み、雨が降れば木陰でやり過ごし、太陽が出ればまた歩きだす。主体性を持って生きているようには見えないが、支配されているようにも見えない。ステレオや冷蔵庫があればいいが、なくてもかまわない。けれど、お天気だろうと、雨だろうと笑って手を振ることはできる。 (さよなら) マキン島が視界に入った。やしのジャングルの間隙を縫って舗装されていない道路が島をぐるりと囲む。パラオにかけての一帯は、「北半球の真珠」ではないだろうか。今度はヨットで訪ねてみたい。海から接近するのが海洋民族の心だろう。北緯20度を越えて、ミクロネシア海域を後にする。 ひたすら北上を続けた。優里は何かをつかみかけていた。日本にいたときは、システム化された社会の優等生である自分が好きになれなかった。能力がないわけではないのに何かを見失っているような気がした。でも、何に疑問を抱いているのかはっきりしなかった。日常生活に顔を出さないそれが何なのか、わからないから苦しかった。靄の向こうの自分が何かを訴えているようだった。優里は何気なく聞いてみた。 「生きるって、何?」 「感じること、表現すること、行動すること」 「えっ?」 靄の向こうの優里が殻を破ろうとしていた。 (教えて! わたしは誰?) 声にならない叫びが優里の体を突き抜けた。 (わかった!) 今までは無意識に人と比べ、人と違う自分を発見しようとしていた。「私は」という気持ちがかえって自分自身を縛っていた。自分に正直に行動しようとする意識そのものが足かせだったのかもしれない。それは、他人からみた自分を主観的に見ようとしていただけ、だったのではないだろうか。そのくせ、人に何かを伝えたい時、自分の言葉では語っていなかった。経験を語らずに思想を語っていた。知識がからみあい、こうあるべきとの観念が固まってしまっていたのではないだろうか。 (好きなことをやりたい。高い理想を持っていても、実行するときは、地道に一歩一歩積み重ねていけばいい) 振り返る時間がないほど生きてみる。そして、自分自身で作ってしまった壁を取り壊す。 (そうか、自分と他人の境界を取ってしまおう) ないと思った瞬間に壁はなくなる。でも感じる心がなければ人は感動しない。感動しなければ生身の人間は動いてくれない。 (人は変えることはできない。でも、自分は変えることができる) だとしたら、生きていくことそのものが表現ではないか。想いの世界に閉じこもらず、行動してみよう。 (季節は移り変わる。そして、私は旅を続ける) 風の吹くままに、感情の赴くままに身を委ねてみよう。そんな生き方が光を投げかけてくれる気がした。 (空がこんなにも高い!) 北回帰線を越えると、日本はもう近い。四国三郎はそのまま北上を続ける。数時間後には南四国の海岸線が見えてくるはずである。なつかしい四国……。 (今日知らない明日がある!) 優里の目に涙があふれた。声にならない嗚咽となって、感情がほとばしった。なぜだろう、なぜなんだろう。 目を閉じる 深く息を吸い込んだ 振り返ると 大海原 風のかなたへ 目をこらすと 日本列島の陸の塊 かすみにゆれる 鳥の視線で過去を見つめ 魚の視線で未来を見つめ 人の視線で降りていく (船べりで寝ぼけていた女の子…) いつも耳元で鳴っていたのは この波の音 すべてを捨てて 戻ってきた みるみる足摺岬の岩盤が大きくなる。断崖に咲いている可憐な花、そのひとつひとつが数えられる。 (四国の最南端に黒潮がぶつかっている!) さらに北上を続ける。陸の割れ目から四万十川の河口が広大な砂浜を横たえて迎えてくれた。ついに四国の土を踏む。 Copyright(c)1999-2000 Office Soratoumi,All Rights Reserved |
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