| 風の回廊 | |
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電子の妖精と風の妖精 仕事が終わって遅い時間に部屋に戻った照男はパソコンを立ち上げた。部屋の時計が十二時を打った。照男はテレビを見ながら作業を進めようとリモコンを押した。SFドラマみたいな番組をやっていたが、テレビはそのままにして照男はビールを飲みながらディスプレイに向かっていた。 テレビの主人公が叫んだ。 「光は密度が小さくて早く走れそうなところを選んで進むもんだ。船長、何とかならないか」 「どうにもならんよ。地球の雲だって同じじゃないか。雲を大空に浮かべておくためのエネルギーは、大地震850万回分に相当するんだ。それに太陽が地球に送り込んでいるエネルギーの25%が雲になっている。相手がやわらかいからってそのエネルギーに逆らっては船は壊れるよ。まあ、任しときな」 宇宙を舞台にした冒険活劇のようだ。 そのとき、照男のパソコンが動かなくなった。。 (フリーズしたのかな?) 照男はリセットしようとした。ところが、画面に反応があって文字が現れた。 不正な処理ではありません パスワードを入力してください (パスワードを入れろって?) ************ 適当に文字を入れてみたが、画面は「パスワードを入力してください」を繰り返すだけである。照男はイライラしてきた。リセットしようとしたそのとき、ベルがなった。 (誰だ、こんな時間に) 受話器をぶっきらぼうに取り上げた。 「もしもし、照男さん?」 抄子の声だった。 「抄子さんか。なんか用事?」 「今何やっているの?」 「パソコンに変な画面が現れて悪戦苦闘している最中よ」 「パスワードは"kibitakiyama"ってどういう意味?」 「なんでパスワードのこと、知ってるの?」 「それはこっちが聞きたいわ。いますぐ電話して書いてある文面を読み上げろってメールがあなたから流れてきたのよ。これはいったい何のつもり?」 「何にも送信してないよ」 「だって、そっちの発信元アドレスが表示されているのよ」 「まあいいか。とりあえず、パスワード入れてみる」 パスワードが認識されました 対話を始めますか(Y・N) 「なんちゅうことだ、パスワード、合ってたよ。なんだかわからないけど、チャットしてみるからそのままで待ってて」 照男はY(はい)を選択した。電話をつないだままで照男はメッセージを読み上げ、抄子も会話に加わった。 あなたは誰ですか(照男) 私は電子の妖精です 紙を使わなくなった時代に現れる電子の妖精です 自然と人の調和を知恵と技術で解決しようとするものです 私は電子の妖精です 紙を使わなくなった時代に現れる電子の妖精です 自然と人の調和を知恵と技術で解決しようとするものです 私は電子の… 照男はEscキーを押して割り込んだ。 わかりました。同じことを繰り返さないように(照男) 自然は同じ変化を繰り返すことはない 美とは二度と同じことを繰り返さないこと 私は同じことを繰り返すこともできるし わずかに変化を付けて繰り返すこともできる あなたはどこから来たのですか(照男) 電子の流れるみちを通ってきました 抄子も照男に頼んで会話に割りこんだ。 白き国を知っていますか(抄子) 知りません。それはどこにありますか? きびたき山で迷い込んだときに見た子どもたちがいます(抄子) 「白き国」で検索しています 風の祭りについて書かれた文献はありますか(抄子) あります。風の妖精の祭りです それは今も行われているのでしょうか(抄子) 調べています。 電子の妖精はどこから生まれたのですか?(抄子) もしかしたら、風の妖精の子孫かもしれません 電子の妖精が言うには、昔は懸想文(手紙)が人の意志疎通をはかる手段であったらしい。 古来の日本では森に山の神が鎮まり、水が流れるところ、湧き水があるところには水神様が守り、山の頂や巨木には天の霊力を受けた精霊が宿ると信じられていた。 精霊は神ではない。なぜなら自然現象に直接由来するものではないからである。言葉に宿る霊力を言霊というが、同じように意思の流れが結晶したものを念、精霊、妖精などと呼ぶのだとしたら、電子の妖精は、電子ネットワーク上を行き来する精神が結集した存在かもしれない。 では、風の妖精とは…。 自然の風物と人工との間には越えがたい壁があるように思います(抄子) 自然と人工の区別は自然と人工を区別する心からは生まれない 自然と人工を区別しないことで自然との境界は自ずと保たれる そのとき抄子は若奥さんの言葉を思い出した。「川が人の心を映す水鏡」なら、せみなし川に投影された人々の思いがあるはず。それが風であれ、電子であれ、その時々の人々の思いが込められている。 (そうだ!) 風の妖精と会ってみませんか(抄子) 何のために? 風の妖精と言葉を交わしてほしいのです(抄子) 風の妖精は電子の言葉を理解できない 電子の妖精は風の言葉を理解できない 電話がまた鳴った。 「もしもし、菜摘です」 「菜摘ちゃんか。今、電子の妖精と話をしてるんだ」 「月がとってもきれいだから電話したの。それで?」 不思議な会話に菜摘は驚かなかった。 「風の妖精と電子の妖精を話させたいんだ。そうすると、風の祭りの秘密がわかるかもしれない。電子の妖精は電子の道を通るが、風の妖精は風の道を通る。でも互いの道を通ることはできない。どうすればいい」 「そんなの簡単じゃない。電子の妖精の言葉を紙に印刷して、それで紙ヒコーキをつくって風に乗せるのよ」 「そうか!」 あなたの言葉を紙に印刷したい(照男) 紙は木からできている。その木は森にある。 風の妖精は同じ森からできた紙を求めるかもしれない。 「ということなんだが、菜摘ちゃん、また意見をくれ」 「おじさんの懸想文に印刷すれば」 「なるほど!」 懸想文という紙がある 昔のようにきびたき山の木からつくられた紙だと思う そこにメッセージをくれないか(照男) 玄関の呼び鈴がなった。照男はもう驚かなかった。 「そろそろ出番だと思ってたよ、わたる」 「はい、懸想文持ってきたよ」 ときは真夜中である。抄子も菜摘も照男のアパートへ集まってきた。 「なんか、現代版の狐狗狸さんみたいだね」 「抄子さん、狐狗狸さん、やったことある?」 「本で知ってるだけ。今はそんな遊びも消滅したんじゃない。だってコンクリートに狐や狸が住んでるわけないでしょ」 照男と抄子がそんな話をしている間、菜摘とわたるは、小声で話をしていた。 「菜摘ちゃん、月が青く光ってたね」 「それを伝えたくてさっき電話したの」 「ありがとう」 「散歩しない?」 「せみなし川に行こう」 こうして菜摘とわたるは気づかれないよう、するりとアパートを抜け出し、月が杲杲と照らす道をせみなし川へと向かった。菜摘の手には、懸想文に印刷された電子の妖精のメッセージ入り紙ヒコーキがあった。 次へ |
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