風の回廊
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六月二十五日橋

日曜日

白き国

わからないこと

涼谷のおばあさん

三木家の伝承

プレゼンテーション

電子の妖精と風の妖精

風の回廊
 
 三木家の伝承

 垣根に囲まれた広大な敷地に、今では伐採が禁じられている屋久杉を使った二階建てが三木家である。門には来客用のほか、御用聞き用に別の入口が設けられている。
 抄子は少しためらっていた。そろそろ夕げの支度を調える時刻である。約束もなければ三木家の人々と面識もない。
年輪を経た杉の黒光りする外壁が屋敷を囲んでいた。門にしばらく立ちすくんでいた抄子は、意を決して杉の玄関戸を開いた。
「ごめんください」
 二回ほど声をかけると、
「はい」
 奥から品の良さそうな奥さんが出てきた。
「実は、お尋ねしたいことがありまして、たまたま近所を通りかかったものですから、お忙しいお時間とは存じますが、ご挨拶にお伺いいたしました」
「どういうご用件でしょうか」
「実は、涼谷のおばあさんとお話をする機会がありまして、風の祭りというこの地方で昔行われていた風習について、大奥様が記された資料があるといわれました。もし差し支えなければ、後日にでも拝見させていただければと伺ったしだいです」
「涼谷のおばあさんと会われたのはいつのことでしょうか?」
「さっきです」
「今日は涼谷のおばあさんの一周忌に当たりましてな、身寄りのないあの方のために、うちで法事を上げたところです」
 婦人は落ちついてそう答えると、二人を奥の和室へと誘った。縁側に面した一室に祭壇があった。花や菓子が供えられたその祭壇には、おばあさんの遺影が置かれていた。
「あっ、あのおばあちゃんだ。いったいどうしたの?」
 菜摘は目を丸くしている。抄子もしばらく茫然と立ちすくんでいた。菜摘に向かってなかば自分に言い聞かせるように言った。
「なっちゃん、あのおばあちゃんは一年も前に亡くなられた方なのよ」
「えっ? そんな!」
「どんなご縁があるのか存じませんが、きっと、お二人に伝えたいことがあったのでしょう。涼谷のおばあさんは、うちのおばあさんと仲のよいお友だちでした。知り合いから老人ホームを勧められても決してあの家を離れようとしませんでした。せみなし川がとても好きでしたから」
「おばあさんは畑に水をやっていました。それから通りかかった私たちに声をかけてくれました。お茶をいただこうとしてお家に寄ったけれど、かまどに火の気はなく、調度品も整理されていて人の住んでいる気配がしないのが不思議でした」
 婦人は一度奥に引っ込んでから、ほこりを払いながら、一冊のノートを持ってきた。
「これが、うちのおばあさんが生前に書いた雑記帳です。昔話の伝承や考察が事細かに書かれていますが、私もそのすべてを読んだことはありません。ご参考になるかどうかわかりませんが、お役立ていただければおばあさんも喜ぶことでしょう。ただこれは大切な遺品ですから、持ち出しはご遠慮いただきたく存じます。この隣に小さな部屋がございますので、事前にご連絡をいただければ、自由にお使いくださってけっこうです」
すでに夜の帳が立ち込めていた。突然の来訪であるし、菜摘を送っていかなければいけない。抄子は丁重に礼を述べて辞した。遺影のおばあさんの顔に、ほのかに光が差したように思えた。


 わらわすがり

 抄子は菓子折を持ってひとりで三木家を再訪した。さっそく奥の間に通された。おばあさんの手記は、旧字体やこの地方の方言で綴られていた。まるで古文書を読み解くような作業は思いのほか時間がかかり、一頁に数時間かかることもあった。ため息とともにふと頭を上げると、そこには菜摘ぐらいの年頃の女の子がいた。
「こんにちは」
 抄子は声をかけたが、女の子は抄子の作業をじっと見ているだけ。抄子は再び読解を続けた。
 ふと顔を上げると、女の子はいなくなっていた。やがて竹の葉がこすれあうような抑揚が聞こえてきた。耳を澄ますとそれは確かに音楽で、昔のソノシートをポータブルプレーヤーでかけているようなかわいらしい歌声だった。

 きびたーきやーまのたにわーたり
 せーみなくかわにおちばまい
さとのやまかーらふいてくる
かわのおもてにまぜふーいて
 かぜのまつーりのうれしさよ

 抄子は急いで歌詞を書きとめた。あの女の子が縁側かどこかで口ずさんでいるのだろう。
「ねえ、もう一度歌って?」
 抄子は姿の見えない声の持ち主に呼びかけてみた。けれども、歌声はそれっきりであった。
(わらべうたか…)
 抄子は漢字を当てはめて清書した。

 きびたき山の谷わたり
 せみなく川に落ち葉舞い
 里の山から吹いてくる
 川の面に南風吹いて
 風の祭りのうれしさよ

抄子が書きとめた歌詞を眺めていると、若奥さんがふすまの向こうから声をかけた。
「お仕事の進み具合はどうですか」
 若奥さんは協力的だが、決してでしゃばることはなく、抄子が作業に没頭しているときにお茶を出したりはしない。そのほうが集中できるというさりげない気配りだった。これまで三木家を何度か訪ねたが、奥さんと膝突き合わせて話し合う機会はなかった。しかし若奥さんの人柄に抄子は好感を抱いていた。
若奥さんが歌詞に気づいた。
「きびたき山の童謡ですか」
「ええ、小さな女の子がお庭で歌っていたのを書き留めました」
「どれぐらいの年の子ですか」
「三〜四歳でしょうか」
「一人でしたか。それとも二人でしたか?」
「おかっぱの女の子ひとりでした」
「そうですか。一人でしたか」
 若奥さんになんとなく安堵の表情がみられた。
「お家のお子さんではないのですか」
「私はまだみたことはありませんが、童女の姿をした家守でしょう。ときどき客人のなかに見た人がいます。数人が互いの帯の後ろにすがってつながっていることもあるそうです。わらわすがりをしているんだって言い伝えられてきました」
 わらわすがりは、汽車ごっこみたいなものである。抄子は古語辞典を何度か繙くうちに語彙を増やしていた。若奥さんと話をしていると、何かを知っているのではないかとの思いが深くなった。もしかして、亡くなった大奥さんが知らないことも知っているのではないか。
「さっき人数を聞かれましたが…」
「家守は一つの家に一人の神様が普通です。それが二人以上現れると、その家は没落するといわれています。もっとも実際にそんなことがあったかどうかはわかりませんが…」
 若奥さんは神様を一人二人と数えているようだ。抄子は話題を変えてみた。
「若奥様は、せみなし川について何かお感じになられたことはありますか?」
「といいますと…」
「実はコンクリートで固める工事が予定されているようですが…」
若奥さんはいったん抄子にお茶をすすめた。若奥さんは話をするときに、決して「私は」という主語を使わないことに抄子は気づいていた。旧家の人々はつつましい生活を送っている場合が多い。自己主張するよりも、地域の暮らしや嫁ぎ先の家族に受容されるほうがかえって身の置き所が広くなるのではないだろか。
「川に心があれば、どう思うでしょうか」
 若奥さんの謎かけの意図を抄子は何となく察した。
「もちろん、川に心はありません。川が人の心を映す水鏡なら、川に心を投影していただきたいのです」
「そういたしましょうか」
若奥さんはやわらかく微笑んだ。
「よろしかったら、何か召し上がりませんか」

若奥さんはいったん奥へ引っ込んだ後、竹の包みにくるんだ食べ物を持ってきた。抄子が三木家を訪れて以来、時期を見て熱い茶が運ばれることはあっても、食べ物が出ることはなかった。ところがこの日、三木の若奥さんは何かつまむものを持ってきた。
「お口に合うかどうか。梅干しのおにぎりです」
「わざわざありがとうございます。いただきます」
 脳は酸素とエネルギーをかなり消費する。抄子は空腹を覚えていた。
「いくつでもどうぞ」
 抄子は資料を脇に片づけて、若奥さんのおにぎりを一つ手にとって頬張った。
(これは!)
「なんでこんなに美味しいんでしょうか」
「せみなし川の冷たい湧き水を迂回させ温めて作ったお米です。梅は庭先で成っているものですが、完熟した実を七日七晩土用干しした後、しその葉と自然塩で漬けこんで低温で熟成させたものです」
「梅がふっくらとしていて、酸味の向こうに梅の果肉のほんのりとした甘さが感じられるような…」
「梅という字は木へんに母と書き、海という字はさんずいへんに母と書きます。このふたつを塩梅(あんばい)よく組み合わせると、いい梅干しができます。太陽の恵みと水、それに人の手が組み合わさってできるものでしょうか」
「なるほど、いい塩梅ですね、ほんとうに」
 抄子は、おにぎりに若奥さんのさりげない意図を感じた。
「それではお邪魔にならないよう、私はこれで」
「ありがとうございました」
 抄子は会釈をした。部屋を出ていく若奥さんの後ろ姿には、えも言われぬ気品があった。旧家に嫁ぎ、つつがなく日々の生活を送っている一人の女性の稟とした生き方を見たような気がした。


抄子はもう一度歌詞を眺めてみた。おばあさんは、風の祭りは里人の祭りだと言っていた。しかしこの詩は誰の視点からうたったものなのかはっきりしない。その夜、宇治先生にこの文章を送った。ついでに菜摘にも。
まず、先生から返事があった。

(前略)
 この文に特徴的なのは、七・五調です。文の意味からみれば、前四行と最後の一行は区切られると思います。前四行の主語は非生物のようであり、最後の一行は、人が主語だと解釈することもできます。前段は自然界の秩序を表し、後段はそれを受けとめる人間の営みや春花秋月をめでる精神を表していると考えることもできるのではないでしょうか。

菜摘からも電話があった。
「抄子さん、あれなあに?」
「何か感じない? 菜摘ちゃんの直観で…」
「なぞなぞみたいかな」
「どんなところが?」
「山と川が二回ずつ出てくるよね」
「そう」
「山と川は親戚かもしれない」
「山と川が親戚?」
「だって同じ三本線の漢字じゃない」
「それで?」
「縦書だったら、山と川がつながるよ」
「山と川がつながる?」
菜摘の感覚の柔軟さに改めて感心する。さらに、「山」と「川」に挟まれた単語を抜き出してみると、「谷」「落ち葉」「里」「吹く」である。これらを関連づけると、山から谷を下って落ち葉を集め、里に出て吹くもの──それが南風。その南風を祝うのが風の祭りという構造になるのではないだろうか。また、せみなし川の由来は、せみがいない川ではなく、せみ鳴く川が変化したものだろう。

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