| 風の回廊 | |
| 400文字あらすじ 懸想文売り 六月二十五日橋 日曜日 白き国 わからないこと 涼谷のおばあさん 三木家の伝承 プレゼンテーション 電子の妖精と風の妖精 風の回廊 |
懸想文売り わたるは、菜摘に恋文を書いていた。恋文とは、「恋慕の情を述べる手紙のこと」であるが、ふたりの間では違っていた。 菜摘とわたるが小川で水遊びをしていた六月のこと。通りの向こうを、赤い袴に白い頭巾の出で立ちのおじさんが歩きながら、「けそうぶみ、いらんかね」とふたりに声をかけた。手にはおふだを持っていた。 おふだは白桜の咲くころ、枝にくくりつけた畳紙(たとうがみ)の中に洗米を二、三粒入れて男女の良縁を得る縁起としたものである。そんな由縁など知るよしもない二人だったが、きれいなおふだが欲しくて、それを買った。 「でも何に使うの?」 「それはね、男の子と女の子が手紙を書くときに使うもので、恋文と呼ばれるものなんだよ」 おじさんは顔をのぞきこむと、目を大きく開いてにこっとした。そして再び声を出して歩きだした。そうか、これを使って手紙を書くのか、とわたるは思った。それ以来、ふたりの間を行き交う手紙は恋文と呼ばれていた。 菜摘ちゃんへ お元気ですか。デパートに行ったとき、おふだのけそうぶみを探したけど、置いていませんでした。やっぱり、あのおじさんから買うしかないね。 わたるくんへ 切手がなくなったので、郵便局へ買いに行ったら、次の記念切手は森の妖精だそうです。菜摘は楽しみです。 ふたりは川のほとりで遊んでいた。すると、あのおじさんが川沿いの路の曲がり角から現れた。 「おじさん、懸想文ちょうだい」 「はいはい、どうぞ」 菜摘はここではっと気づいた。お金を持っていなかった。 「わたるくん、お金持ってる?」 「ううん」 「すぐに取りに帰る。おじさん待ってて」 ふたりは走りだした。わたるの家は高層マンションの七階にあり、菜摘の家は住宅団地の一戸建である。どちらかといえば、わたるの家が近い。エレベータが待てないふたりは息を切らして階段を駆け上がり、お母さんにお金をねだった。 「何買うの?」 「恋文」 「え?」 お母さんの返事を待たずに、一目散に小川のほとりへと向かった。ところがおじさんはいなかった。 「遅かったか」 「時間がかかりすぎたもんね」 ためいきをついていると、おじさんが散策路の向こう側から現れた。 「あ、いたいた」 「おじさーん、こっちこっち」 「お金は持ってきたかい」 「これ!」 「これはお金じゃないよ。お金はほら、これだよ」 おじさんのポケットには、落ち葉が入っていた。 「あら、木の葉じゃない。これがお金?」 「そうだよ、これはお金だよ」 「どこにあるの」 「きびたき山にあるよ」 おじさんは川沿いの散歩道を歩きだした。 「葉っぱがお金だなんて知らなかった」 「あのおじさんの住んでいるところではそうなのかもしれない。もいっぺん、おじさんに聞いてみよう」 おじさんは、曲がり角にさしかかっていた。曲がり角の向こうまでおじさんを追いかけたが、おじさんの姿はなかった。 「見えなくなっちゃったね」 わたるはふと気づいた。 「最初に買ったとき、菜摘ちゃんお金払った?」 「ううん、わたるくんは?」 わたるは首を横に振った。 「まだお金払ってないってこと?」 「だとしたら、早く払わなきゃ」 「おじさんはそのことを言わなかったね」 「忘れてるんだ」 「どっちみち、葉っぱを探しといたほうがいいよね」 といいかけて、菜摘は目を見張った。川に沿った散歩道の両岸に林がすうっと伸びていたからである。 「山まで行かなくても葉っぱがたくさんある!」 「ほんとだ、集めておこう」 それは夕日を照り返す川面に影を落とした河畔林であった。人影のない森は深沈とたたずみながら、川面に葉っぱを落としていた。その影のなかに手足を見分けることは容易ではない。 事件発生 学校帰りの子がお金を拾って交番に届けた。またある子は、そのままどこかの店で使おうとした。事件はそのとき起こった。 木の葉を手渡された商店主は口を開けて驚く ポケットからお金を出した子どもはもっと驚く 拾ったお金が落ち葉に変わっていたなんて! 桜吹雪が舞い散るなか、見栄を切る時代劇のような一幕 桜吹雪の代わりに舞っていたのは、 光に浮かび上がった白い狐の毛だったかもしれない 木の葉を届けられた警察官は、子どもの顔をしげしげと眺めながら質問したが、嘘をついているようには見えなかった。 まちの自称探偵たちは、それぞれの推理を披露しあった。 「スリの可能性がある」 「リスのせいかもね」 「拾ったお金だけが木の葉に変わっているなんて不思議だ」 子どもが幻想を見たり妄想に陥っていると主張する意見もあった。だからといって、子どもたちの精神分析をすることは許されない。 ある心理カウンセラーは、子どもの動機に注目せよと発言した。学校や親たちに対する子どもたちの潜在的な不満が集団心理となって顕現している可能性がある。彼女はそれを「コミュニケーション崩壊」と呼んだ。 ある日、一人の男の子が、木の葉に変わったお金を派出所に届け出た。またかと思った警官であったが、型通りの質問をしていくうちにその子が市長の息子とわかった。市長の息子という「肩書」は警察官の職業的疑義を一瞬のうちに解消するとともに、組織人として迅速な対応を見せた。 世論の反応や他の組織の動向を伺っていた市の教育委員会も、不安に思う親たちの申し入れを受けて、連続している葉っぱお金事件に何らかの対策を打たざるを得なくなった。もちろん、警察とて殺人犯を追いかけるほどの熱意や時間を本件に投入したわけではない。教育委員会と協議した結果、学校と申し合わせて集団登下校を奨励するとともに巡回を強化する、といった程度であった。ちなみに、市長の息子とはわたるであった。 菜摘は、あの懸想文売りのおじさんが気にかかっていた。 「だって、落ち葉がお金と言ったのはあの人だもん」 「警察は不思議がっているよ。愉快犯のいたずらじゃないかって」 「愉快犯て?」 「人を困らせるのがおもしろい犯罪者のこと」 「そんな悪い人がいるの?」 「とにかく、あのおじさんに話を聞いてみようよ」 「でもそれって危険じゃない?」 わたるの計画とは、お金に変わった木の葉を、あの懸想文売りのおじさんに渡して反応を見ようとするものであった。 次へ |
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