勝浦川と棚田の
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谷崎勝祥さんのエッセイ
「棚田に近づく鹿たち」 

都市のくらしと山村を考えるとき、水でつながっていると思う。約4年前に「上勝町棚田を考える会」を結成した。郵送費だけの年会費千円の会である。

 棚田は生産効率が上がらないといわれている。専門家の試算では平地の阿南市と比べて一七倍の労力がかかる。「棚田は手間がかかる」「お金がかかる」「病気になった」。苦情ばかり言っても一年は一年、一生は一生。自分のくらしのなかで楽しさを見つけていきたい。

 そんな生き方が年老いて顔の表情に出てくる。「いかにもあほらしいな」と言われながら、にこにこしながらやっている。

 最近は四季がない。それを体現できるのが山で百姓する人間だと思う。上勝町樫原に住んでいる人はうらやましいと思われるような生き方をしたい。棚田は森の一部。豊かな森があるところに豊かな海がある。私たちも市宇名のご協力を得て、川を隔てた向こうの谷で植林を行った。いつでも来ておむすびを食べられるよう、おむすび山(市宇ゆめの森)と名付けられた。

 アレルギーが問題になっている。薬はくさかんむりに楽しむと書く。草と木と親しむことで楽しむことができる。だから皆さんと楽しみたいと思う。

 棚田は山を削って石を積んで田んぼにしている。だからどこか崩れる。コンクリートで直す人もいるが、下手でも石を積んでやっていきたい。石の積み方は、表よりも裏側が大事だ。樫原の棚田には水車小屋が似合うので私たちで復元した。

 そのときに石を積んで土台を作った。樫原には石積みの名人がいる。その人はお城のように反らして石垣を積むことができる。コンクリートと石のどちらがいいのかではない。感性が違うのだ。

 棚田をすばらしいものにしていくのは写真を取りに来る人のためではない。さっきカンタロウ(大きなミミズ)にびっくりしている人がいたが、田んぼの土が肥えればミミズが出る。ミミズは土に穴を空けるが、ミミズを目当てにモグラが来てこれまた穴を開ける。

 こうして、田んぼの水がゆっくりと下の田んぼに落ちていき、やがて川にたどりつく。野ネズミを追いかけて蛇が来る。蛇は石垣に住んでいる。コンクリートで固めないから人間のみならず他の生き物も住んでいける。

 イノシシが稲穂をしごき、若い苗は兎や鹿に食われる。昨年郵便局が短い手紙を募集したので応募した。棚田に暮らす人から鹿への手紙と、その鹿から棚田に暮らす人への返事。シカはヒューと鳴くので次のようなざれ歌を詠んだ。

 
ヒューと鳴き棚田に近づく鹿たちよ紅葉の山に帰れよ早く

 去れという棚田の人よ紅葉山いずこにありや杉ばかり見ゆ

 雪のみち鹿も兎もまた人も

 鹿や兎が通れば足跡が残る。その間を人間も通る。どちらが先か後かではない。ただ一緒に暮らしていきたい。

 谷崎 勝祥