| 農業フォーラム「環境保全型農業」 21世紀の自然と調和した農村フォーラム 〜国際的な視野から考える 講演抄録 開催日・場所/1997.11.10 鳴門文化会館 主催/徳島県/日本生態系協会、徳島県職員労働組合 基調講演/「生態系の保全・回復を新農基法に」 池谷奉文(・日本生態系協会会長) 講演1/「EUの農業政策における環境保護」 マルティン・シーレ(欧州委員会農業総局分析アドミニストレータ) 講演2/マーク・サフリー(アメリカ合衆国農務省自然資源保全部生態科学課課長代理) |
約800 人の参加者を集めて開催された講演会の基調講演に立った池谷氏は、「日本の農業は、縄文時代以降、数千年をかけて育まれてきた」と説明し、生態系保全の役割について農村や農業施策の持つ意味が厳しく問い直されている、と問題提起。 生態系とは、太陽光、大気、水、土、野性動植物の5要素からなるが、そのなかでも鍵を握るのは、土壌であり、農業にとってもっとも大切なのは、表土である。例えば、温帯地方の表土の厚さは30〜50センチ程度だが、日本の農地の表土は平均18センチに減少している。これは、風雨による流出や化学肥料の多用、機械化のために田を乾燥化させたことで数千年続いた日本の水田のあり方が変わってきたからで、今の水田は持続的な農業ではなくなっていると指摘。さらに、生態系の問題が農水省や生産者団体の検討対象にならないのは、農業は生態系の破壊者という認識がないからだともいう。 生態系についてもうひとつの大きな問題は、「遺伝子資源」の喪失である。農薬や除草剤、ほ場整備などでこれまで多くの野性動植物が絶滅に追い込まれた。そうした野性植物こそが実は、品質改良などのバイオテクノロジーに利用できる貴重な遺伝子資源となりうる。農作物は数年おきに品種改良の必要があるが、その際に掛け合わされるのは、「その土地に生えている雑草」であり、そのような雑草こそが、未来の子どもたちのために残しておくべき宝物であり、人類の生活基盤なのだと力説する。農村で見かける三面コンクリートの水路などは遺伝子の多様性を失わせ、農業自体の衰退を招いていると説明。 現在の日本の農業政策では、減反のために補助金を出しているが、これはおかしい。食料の自給率が異常に低い国で、自給率をますます下げる施策に税金が使われている。視点を変えれば、休耕田に水を張るだけで、野性生物が生存していける。減反政策は一時的にやむをえないのであっても、将来の農地への復元を視野に入れ、また水田のまま休耕地にすることで、生態系の保全は図られるし、こうしたことを追い風として利用すべきと提言。 日本では環境基本法が93年に改正され、95年には「生物多様性保全条約」に加盟した。農業基本法の改正がとりだたされているが、その中に人類の最重要課題ともいえる生態系保全の観点からの位置づけがなされていない。ぜひ法律改正にあたって考慮に入れるべきと要望した。 次に農業と生態系保全が結びついた施策を行っている欧米の事例がシーレ氏から報告された。 EUでは、全農地の約1/3が集約的に生産が行われいる農地である。これに対して、山間部などの条件不利地域での農業は競争力がない。ところが集約的農業には問題が多い。肥料、殺虫剤、除草剤による水の汚染や水の大量消費である。これに対し、山間部での伝統的農業は、自然破壊の要素はあっても多様な景観と生態系を育んできたことに注目。農業における環境保全の実践を促すため法律を整備し、各加盟国に義務づけ、農家に対し環境保全にかかわることを要求する(保全プログラムに契約)とともに、その推進策(対価)として所得補償(デカップリング)を行うものである。 デカップリングは、アメリカでは農業保護削減を狙いとして実施されたもので、それまでの農業政策では、一方で生産調整を義務づけながら、他方で生産者の所得補償を組み合わせる(カップリング)ために、生産過剰となる傾向があったが、これを切り離して考えるものである。ヨーロッパではこれが、環境保全機能への対価として明確に位置づけされた。 シーレ氏は、欧州委員会農業総局の職員であるが、所得補償がうまく機能するために次のような要素を挙げている。 ・所得補償の基準が明確で誰でも納得できるもの。 ・契約後の環境保全モニタリング体制の整備。 ・環境に悪いことをやめたから、あるいは、当たり前のことをするのにお金を出さない。あくまで積極的な保全努力に対しての補償制度である。 ・所得補償の財源は誰が負担するかを明確に。 ・農業の私有権に制限を与えるとともに、その対価を評価。 ・権利(私有権の行使)と義務(生態系の保全)のバランスが大切。そのさじ加減は国民の合意で決める。 この制度の導入後、EUでは、穀物への補助金で20%、牧畜(牛)で30%削減されたという。 サフリー氏は、アメリカ農務省の公務員である。 アメリカでは、浸食の起こりやすい農地を自然に戻すことで土壌の保全を促す「CRP=土壌保全プログラム」、生物の多様性に富む湿地の重要性に鑑み、農地を湿地に戻す「WRP=湿地保全プログラム」、絶滅危惧種の野性生物やその生息地を保護するための費用負担として「WHIP=野性生物生息地保護プログラム」が行われいると報告。と同時に補助金重視から市場経済を取り入れた施策の例として、私有農地を狩猟場や釣り場として開放し、入場料を徴収するなど、所得の多様化を促進していると述べた。 このように、自然生態系とは異なる「農業生態系」の概念を認め、保全していこうとしているのがアメリカの動きである。 サフリー氏は、講演に先立って視察した上勝町についてコメントを求められると、高度な土地利用をめざした地域の人たちの熱意や苦労が伺えるとしながらも、国家が十分に役割を果しているとは言いがたいとの感想もあった。 通訳を介しての3時間にも及ぶ欧米の事例報告は、総論と各論が入り交じるなかで、理解に手間取る様子も伺えた。今回は行政担当者が大多数を占めていたが、日本と外国は条件が異なるから余り参考にはならない、との声も休み時間中に聞かれた。 そんな中で、総まとめとして壇上に上がった京都大学農学部の嘉田教授はそんな雰囲気も察してか、次のような提言を行った。 1,なぜ、日本で環境保全型農業が必要か ・農業が環境に影響(正と負の両面)を及ぼしているが、それは近代化と、農業政策の歪みから生じたものである。 ・日本と欧米は諸条件が異なる。日本独自の環境保全型農業はありうるのではないか。 ・生産性と環境はトレードオフ(二律背反)であるとの認識が根強い。これまで日本農業は環境を軽視してきたがそれではいけない。環境はもちろんのこと、食料危機を想定するとき、持続的農業が求められる。それはもちろん、環境保全型農業に他ならない。 2,欧米と日本の違いについて ・規模、構造が違う。農地利用にゆとりがあるため、耕作地の一部をビオトープ化したとしても、生産の大勢に影響はないヨーロッパに対し、日本は棚田など究極の土地利用を行ってきた。 ・食料自給率の高い欧米では、休耕地をビオトープとして利用することも可能だが、日本ではどうか。 ・日本はモンスーン(湿潤気候)の国である。ある意味では水利に恵まれているともいえる。 ・大規模農家が散在する欧米は所得補償の作業が容易。それに対して、小規模の農家が密集する日本では、行政に膨大な事務作業が必要。そこまでの人件費や予算は捻出できるのか。 ・日本の農家は経営を数字で把握していない。原価や経費がわからなくては、補償の基準があいまいである。 3,制度・政策について ・公共事業(農業・土木・治水等)について、環境と調和するよう見直す作業が必要。その際に情報を公開した上で、地域住民参加によって行うべき。 ・環境保全への強制はしない。環境を保全する方が有利、との認識が持てるような施策の展開---つまり、環境対応型農業のメニューを提示する必要がある。 ・それぞれの地域の問題は地域で解決する、そんな足元からの発想が大切である。 ・農家は農薬・肥料の投与管理が必要。過剰な投与で健康を害したり、新たな投与につながっていたこれまでのやり方から、きちんと管理することで、ムダ・ムリを発見・追放することだ。 4,新しい条件が生まれている(=追い風) ・人々の農業や農村に対する意識の高まり。 ・無農薬、有機栽培など生活者の安全志向の高まり。 ・耕作地は全農地の一割に過ぎない。余っている農地、生産調整の一部を環境保全のために使える。水田のまま休耕地化することに補助金をつければどうか。 以上を総括した後で、「歴史は土に刻まれる」と嘉田氏は結んだ。 (要約文責 平井 吉信) |