| 夏川りみのDVD「琉球の風」〜「う」でつながるウチナー パソコンを3年振りに買い足したのでDVDが見られるようになった。うちには14インチ以上のテレビは置かない。DVDプレーヤーもなければ映画だって数年に1度ぐらいしか見に行かない。小さな画面が好きなのは、プラスチックのハコモノに空間を占領されたくないから。さらにいえば小さなテレビのほうが相対的に解像度が高く画質が鮮明で目も疲れにくい。画面が小さいと思っても人はすぐに慣れる。言い換えれば大きな画面にもすぐに慣れっこになってしまうということ。もっと大きく…の欲望には限りがない。迫力ある映像が見たいならテレビに近寄れば同じこと。 まっさきにDVDソフトで買ったのは夏川りみの「琉球の風」。おそるおそるパソコンにセットして初めて見えたときのうれしさ。このDVDは、夏川りみの歌ともに沖縄(主に八重山)の風景を散りばめたもの。もちろんりみちゃん本人も出演する。具体的に紹介していこう。 (ビクターエンターテイメント DVD 3,000円)一曲目は、りみちゃんが「鷲ぬ鳥節」を三線を弾きながら素の声でうたう。背景には海辺と波の音。彼女が八重山の人であることが伝わってくる。 安里屋ユンタは、レンガ屋根と土の道が続くなか水牛にひかれた箱車が過ぎていく。この曲が生まれた竹富島の風景に違いない。竹富島では集落の人たちの見識の高さが島の原風景を守り、それが誇りとなり経済的にも成り立っているのだと思う。 安里屋ユンタは、島の原曲(元歌の「安里屋ユンタ」、「安里屋節」など少しずつ歌詞が違う)ではなく、全国的にヒットした共通語の民謡歌謡「新安里屋ユンタ」をロックのリズムに乗せている。 この曲には「マタハーリヌチンダラカヌシャマヨ」という繰り返しがあるけれど、りみちゃんは全部違う表情で歌う。小粋な節回しで蠱惑的に切り返すような誇らしげ表情(一番)、さらっと流す(二番)、ささやくような甘えるように(三番)…。前後の歌詞から歌い分けているのだろう。何度でも聞きたくなる安里屋ユンタだ。 「赤田首里殿内」は、シンセサイザーの浮遊音楽とともに復元された首里城内に誘う。「守礼之邦」は琉球王国の生き方。それは、大陸や大和に従属して生きたということではなく、誇りと自主性と平和への強い意思を込められた思想だと思う。政府が得意気に開催した沖縄サミットや小泉内閣の外交方針は、この言葉とは対極の世界にあるようだ。日本という国だからこそ平和外交のリーダーとなって世界に貢献できるのではないか。 「月ぬ美しゃ」は、沖縄でもっとも美しい民謡のひとつ。月の美しいのは十三夜、娘が美しいのは十七歳と歌われるなかに、永遠の春に憧れる痛切な気持ち、春を懐かしみながらも若い人たちに大切に時間を生きよというメッセージではないだろうか。 映像は、海辺と海中の珊瑚礁を見せてくれる。そして星空と月がめぐる動きから自然の循環や時の流れや輪廻を連想させる。アレンジもぴたりと曲の魅力を押し出す。素朴な八重山民謡もいいけど、いまの感性で蘇らせることで心に深く入りこみ、はるか遠い世界へ連れ去られる。 「てぃんさぐぬ花」は、風にそよぐたくさんの沖縄の花が出てくる。西表の原生林やマングローブもここで紹介される。晴れた一日に揺れる花こそ沖縄の大切な日常なんだ。 「涙そうそう」では、幼いりみちゃんのアルバムが映し出され、やがて石垣島の中心市街地と思われる場所をりみちゃんが歩いていく。観光地というよりも彼女にとってのなつかしい日々を追想するイメージ映像。 彼女の声はこの曲のために生まれたようなもの、この曲は彼女のためにあるようなもの。強くひたむきで曲とまっすぐに向き合うりみの歌。そんな幸福な関係をさらに引き立てる編曲は、三線を取り入れながらもリズミックで透明度が高い。オーケストラの対旋律もなつかしさの胸のボタンを押す。この曲は百万枚を突破したらしい。初めて聴いたときに忘れられないときめきを残したが、何度聴いてもその印象は変わらない。何度もでも聞きたくなる21世紀の名曲だ。 「童神」は、島の若い母親とそのまた母のイメージ映像だが、この曲だけは、ウチナーグチの元歌よりもヤマトグチのほうがぼくにはしっくり来る。その理由がわかった。アレンジが「赤とんぼ」を連想させるからだ。 ウチナーグチであれヤマトグチであれ言葉は言葉を越える。日本語のわからない国の人たちにも聴かせてみたい。歌は詩であって言語ではない。歌はうたうことであって旋律ではない。 この曲を聴きながら涙を流す女性――特に身籠もった人たち――がいるという。少し前に子守唄ばかりを集めた企画「ファムレウタ」が発売された。中国やロシアの子守唄も収録されていて魂にささやきかける。寝る前に聴いてごらん。 (ビクターエンターテイメント CD 2,000円)夏川りみが歌うと、なぜ平凡な歌さえも響くのだろう。歌手の生命は、なんていい歌なんだろうと思わせることにあるとしたら、りみちゃんは声だけでそれをなしとげてしまう。彼女だって自分なりに歌に表情を込めようとしているのだけど、それさえ彼女の飾らない人柄や真摯な取り組みを感じさせる。その声の持つ資質――甘く切ない低音と強く伸びやかな高音――がどれだけうたを愛しくさせることか。 夏川りみと沖縄ということで、「沖縄の風」というアルバムが発売された。究極の選曲ともいえる内容なので、まだ持っていない人は買って後悔することはないと思う。ファンにとっては、新しいテイクで録って欲しかったというところだけど。→ 「沖縄の風」の感想を追加しました。 (ビクターエンターテイメント CD 2,500円)
夏川りみの歌と映像(首里城以外は、石垣、竹富、八重山、与那国と思われる)を見て、ぼくは八重山へ行こうと思う。未だに沖縄の地を踏んでいないのだ。 このDVDで取り上げていないが、芭蕉布や紬、花織(ハナウイ)、てぃさーじ、ミンサーなどの織物。それらはときに若い乙女が愛する人に贈る大切なもの。「いつ(五)の世(四)までも末永く」。心がそのまま折り込まれた品々。 (追記) うまい泡盛を手に入れた。瑞泉酒造の「御酒」(うさき)という。これまで飲んでいた泡盛を越えて甘く切ない含みと清楚な花びらの芳香が舌でとろける。ロックか一対一がいい。こんなうまい酒を知らずして人生を終えることはできない。一日にグラス1/3だけ飲む。最初はそのままで、次に氷を入れて、最後は少々水を入れて。 歌姫、うさき、うたき、海人、そしていまは、うるずん(草木が芽吹き、緑が息づく季節のこと)。 「う」でつながるウチナー。そしてりみちゃんの歌は泡盛の銘酒のようである。 (2004年3月30日) ▲戻る |
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