| 「空の風景」その2
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| 夏川りみの「空の風景」を何度も聴き返している。最初のアルバムは、さまざまな曲想を歌ったものの、りみちゃんがまだ自分の世界として描ききっていないような感触がぼくには残った。 ところが二枚目のこのアルバムでは、どの曲もりみフィルターを通過した息のぬくもりが感じられる。言い換えれば、夏川りみが「歌える曲集」から「歌う曲集」になった。自分の個性で曲に新たないのち(というと硬いな。魂というと逃げているかな)をつくりだすのが歌い手の使命だと思うから(自分の手で再創造した成果を伝えることは、どの職業でも同じだよ)。 全編を通じて京田誠一の編曲がいい。飾らないアレンジとストレートな録音と相まってりみちゃんの地声がぽっと浮かび上がる。ところが八重山民謡になると、声だけの地唄が素っ気なく感じられるほど、りみちゃんの声に寄り添い夢幻の世界をつくりだす。 ・「満天の星」では、ゆったりした情感がうねる。もう何も考えないでスピーカーが奏でる時間にからだを預けてみる。 ・「道しるべ」では、沖縄の陽射しの下、心やさしい人たちを羽毛のようにやわらかくそっと置いてみた。 ・「サ・ラ・ラ」は、淡々とストレートに流しながら胸の高まりを抑えきれないから余韻が残る。「遥か…」は、ためらいを含んだ声色で微妙にうつろう。 ・「さとうきび畑」はまだ自分のものになっていない迷いが感じられたが、「鉛筆画の瞳」は少年のような生硬さでサクサクと心地よい。 ・「誰にも言えないけど」は、三線が絡んでいるのに70年代の西海岸フォークロックのようで、りみちゃんも土の香りのする女性ヴォーカリストとして情感を込めて羽ばたく。りみちゃんらしくて好きだ。 ・歌いあげるりみちゃんを堪能したと思ったら、次はりみちゃんが楽曲に溶け込んでどこまでが曲でどこまでが歌手なのかわからない「島々清しゃ」。石垣島の田んぼに夕陽が沈んでいくよう。「根っこ」を感じる。癒される。 ・そして「月ぬ美しゃ」では遠い空へ魂が…。童心に聞いた物語のように夢幻を漂う。八重山民謡を資料ではなく楽曲としてこんなカタチで次々と歌にしてくれたらどんなにうれしいだろう。 ・「いとしい人へ」は、「涙そうそう」に近いところにある歌。今のりみちゃんの感じていることをそのまま歌にしているのではないか。 ・最後に「涙そうそう」の特別ライブ版。ビギンが三線を弾き、森山良子が歌いはじめ、夏川りみが二番を受けて、間奏のあとビギンも歌に加わり、最後はみんなで締めくくる。三人それぞれにいいけれど、凛としたりみちゃんのが好きだ。 ▲戻る |