| 月ぬ美しゃ十日三日 美童美しゃ十七つ…
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| 夏川りみのセカンドアルバム「空の風景」を聴いている。奄美の黒糖焼酎「竜宮」と鹿児島の芋焼酎「石倉」を飲みながら。それぞれ味わいが違って楽しい。 りみちゃんがどう歌うんだろう。はやる心を抑えて1曲目から聴いていく。淡々と進んでいくと思っていると、だんだんとりみ色が濃くなっていく。新しいシングル曲「道しるべ」を初めて聴いた。いい。「涙そうそう」を始めて聴いたとき、はっと打たれた。あのあと、どんな楽曲が来るのだろうと思ったけど、軽やかに可憐に答えを出した。きっとこの歌、好きなんだ。 「涙そうそう」以前の夏川りみは借り物のよう、と書いたら、何人かのファンから抗議が来た。でもぼくは、それ以前のりみちゃんは自分の居場所を見つけていないような気がして。 楽しみにしていたのは「月ぬ美しゃ」。キングレコードからかつて発売されていた「南海の音楽/八重山・宮古」に収録されていて地元の歌い手が訥々と謡っていた(これはいい企画)。空間にぽつんと放り出された石のような、静かで物言わぬ存在感がある楽曲。夢幻を漂うようでそれでいて素朴。 魂が遥か遠くへ連れ去られる…浮遊感、感じてみたくないですか? 月が美しいのは十三夜、娘が美しいのは十七つ…。それは、潮が満ち引きするような自然の営み。分を刻む普段のくらしで忘れている男と女のときめき。どこかなつかしい美酒をあおるようで。知らず知らず被っている仮面をはずさせて懐に直截飛び込んでくるのだから。 アルバム「てぃだ」に収録されていた「安里屋ゆんた」のように、いまの感性で甦らせる八重山の唄。民謡の歌い方にとらわれると、もはや民謡ではなくなる。だっていまは21世紀。そのときどきの新しい息吹を吹き込んでこその民謡だもの。 伝統文化は、生まれたときの新鮮なときめきを忘れていつのまにかカタチをなぞることに執着して魅力を失う。新しいために守ってはならない。これこそぼくが聴きたかったもの。八重山に生きる人の存在を確かめながら、もっと普遍的にもっと美しく伝えようとする。 とぅばら〜まの代表曲「月ぬ美しゃ(つきぬかいしゃ)」にちなんで、中秋の名月、十三月夜の輝きの下で行われる謡の宴が石垣島で行われているらしい。行ってみたい。ぼくはまだ沖縄、八重山の海を見たことがないから。 再びりみちゃんの歌へ。ありのままに濃厚。根っこを感じさせる。「さとうきび畑」を聴いていてそう思った。抑えているから心を打つ。「誰にも言えないけど」では、りみちゃんも歌うというよりはひたひたと訴える。70年代のフォークロックのような雰囲気の佳曲。最後の「涙そうそう」は、森山良子、夏川りみ、ビギンがつなぐライブ。どの曲もみずみずしさ、ひたむきさが息づいている。「ちゅらさん」を見ているような濃くも楽しい時間。 -------------------------------------------------------------------- この唄を彷彿させる小さなエピソードをひとつ。小説「空と海」から。 「変な恰好の人がおるっちゃよ」 気を失っていたらしい。気がつくと浜辺の船縁に寝ていた。声の方を見上げると、井桁の絣を来た若者が立っていた。その横に藍紫の矢絣の女もいる。 「死んどぅるかと思うたよ」 「手と足が別々についちょる着物は初めて見た」 「じゃっど、えい美童(みやらび)さん」 理解しにくい会話が頭上で交わされている。 (ここはどこ?) 一瞬のうちに何かが起こって、何がなんだかよくわからない。 「知っちゅう? 今日は若い衆組が毛遊びをする日ぜよ」 「わかいしゅぐみがもあしびをする?」 しばらく会話を続けてみてわかったことは、娘が精米をしているところへ、男が言い寄ってきて仲良くなる。それが若者たちが知り合うきっかけとなるらしい。そして気が合う同志が出掛けていって、一晩中うたい踊る。当然母親は娘を毛遊びに出さないが、こればっかりは親たちもやってきたこと。娘たちは気づかれないようにこっそりと家を抜ける。どきどきしながら迎えた初めての夜は、雪消の沢でふと顔を出した蕗の薹のように物馴れぬ様だったのだろうか。娘が身籠ったりすると、世話人や若い衆組が間に入って結婚を取り持つこともある。 毛遊びの日は、野良をしていてもそわそわして桶につまずいたり、思わず笑みが浮かぶのを親に勘づかれないようにする。時間の経つのが長く感じられる一日である。 お天道さんが西に隠れると、東の空に月が顔を出した。早く湯浴みして出ていかねぇあ。着替えは村はずれのお堂のなかに夕べのうちに隠しておいた。 月が氏神さんの木のてっぺんにかかる頃、あちこちで合図の口笛が聞こえてくる。木の下で行き合い、頭数が揃うと浜に出る。それから、月が山の端に隠れるまで一晩中うたい踊る。 さっきのふたりに名前を尋ねると、泰吉とカノといった。 「毛色の違う態(なり)しちゅう思たら、毛遊びかえ」 浜辺を煌煌と照らす焚き火。そして、灼熱の炎に負けじと青い光を晶晶と降り注ぐ望月。 ふたりの逢い引きはいつも樫の木の下。水汲みで豆ができたカノの手を泰吉が握る。好きで好きでたまらないから、つい力が入る。痛いっちゃよ、とカノが手を振りほどく。今度はカノが泰吉の腕に身を預けて頬をこすりつける。乙女の肌は敏感なんだからさっぱりと髭剃ってっちゃよ、とカノが所作で訴える。頭をかく泰吉。束の間の逢瀬に離れがたいふたりも、明日の太陽が顔を出せば、厳しい労働が待っている。 「カノちゃん、ぼちぼち行こか」 「うん」 細いうなじがうなずいた。月光がカノの横顔を照らす。ほほが紅潮して汗ばんでいる。泰吉はカノの袖を引いていく。裳裾の乱れを気にすることもなく、相見し人同志が、一組、二組と消えていく。焚き火で踊りあかす連中もいる。浜の明け方は寒い。砂の上には誰かが忘れていった帯があった。 ▲戻る |