癒し癒されるとき〜夏川りみさんに思う(9.22)
夏川りみさんは、歌手になることをめざして石垣島の親元を離れて上京した。そして1989年、16歳のときに星美里の名前で演歌歌手としてデビューした。

小さい頃から、喉自慢荒しと言われたらしい歌の実力。じっと相手を見る大きな瞳や愛くるしいその容姿と相まって売れないはずはないのだが、3枚のシングルは不発に終わったようだ。そこで 沖縄本島で姉のスナックを手伝いながら地元のラジオ局にパーソナリティーとして出演していたという。

しかし歌への情熱を捨てきれずに1999年5月に夏川りみとして再デビューした。りみは、本名で、地元の親しい人は「りーみー」と呼ぶという。夏川りみ…彼女の歌を表すのに、これ以上の姓名はないと思える。アルバムを聴けば安心して歌に身を任せられる。

夏川りみの2枚目「花になる」は、NHKのみんなのうたで採用され、励ます歌(いわゆる応援歌)として人気が出た。一度挫折を経験した人だからこそ、地に足の付いたメッセージが伝えられたのではないだろうか。そして、3枚目の「涙そうそう」は、2001年の沖縄のラジオ局の年間ヒットチャート1位となった。

今年聴いた歌のなかでぼくはこの曲が一番好きだ。これ以上の歌があるのかとさえ思う。この歌をうたえる本人はなんと幸せなんだろう。そしてその歌のすばらしさを心から感じることができるぼくも。

彼女の歌に感じられるひたむきさ、緊張感。それと相反するようだが、実はそのようにして歌を楽しんでいるかのよう。想像だが、生まれた島で自然と調和しながら生きていくなかで何かを掴んだことが、彼女の歌に光を与えたのではないか。

グランプリや一等賞を取っただけでは人の心を動かせない。うまく歌おう、誰かに勝とうという壁を突き抜け、無心に歌に向かえるようになったとき、何かが変わる。

癒しとは決して「逃げること」「弱々しさ」ではないし、それらで人は癒されないというのが、実はこのサイトのメッセージのつもり。

そういうぼくも、挫折をいくつも経験している。でもそれは挫折でないと認識したときから挫折ではなくなる。いまのぼくは思うことが次々と実現しているけれど、それは結果としてそうなっているだけ。成功したいと思うから成功するのではなく、無心に生きていれば、ひたむきに立ち向かっていれば、自ずと結果は出てくる(と信じている)。

結果に一喜一憂しない。なぜなら、自分が生み出した成果だから。ただ受け止めてやればいい。なぜなら結果は受け止めるためにあるんだから。決して反省したり落胆したりするために結果はあるんじゃない。

自分の心を自分で癒せるなんて素敵だ。ぼくにとってそれは、ぼくの書いた文章であり、ぼくの撮った写真であり、ぼくが話す講演会であり、ぼくが歩く姿であり、要するにぼくが生きることそのもの、自分の存在そのものがぼくにとって最高の癒しとなっている。

生きることは決して楽しいことばかりではない。苦しいことばかりと言ってもよいかもしれない。でも、何かを成し遂げたあとに来る例えようのない安らぎ、達成感。それこそがほんものの癒し。現実から逃避して静かな部屋で瞑想をしているだけではなんにも満たされないのだ。

夏川りみの歌には、癒しがある。彼女の歌にはしなやかな強さがある。彼女が手探りで自分を模索している。そしてその過程を楽しめるようになったからではないだろうか。

一度りみさんに逢って確かめてみたいと思っている。

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