吉野川中流のまち、冬のあったか素麺物語


冬でも朝5時

素麺づくりは朝5時に始まる。ここは徳島県半田そうめんの産地、半田町にある本田製麺である。

製品の仕上がりには天候が大きく左右する。その日の気温、湿度などが書き込まれた数十冊のノートが作業場にある。いまの天候とこれからの天候の変化を予測しながら塩加減に全神経を注ぐ。お天気とヒトのせめぎあいである。

材料は外国産小麦と普通の水である(普通の水といっても剣山山系からの地下水と吉野川の伏流水が半田町の水源である)。国産小麦を使わないのはコストが理由ではない。外国産は、ねばりの元であるグルテンが豊富であり、できあがりの品質がいいという。水についてもイオン水を使ってみたが、熟成が早く進むため塩分の追い足しが必要となって塩辛くなってしまうらしい。ぼくのような素人はミネラル豊富な天然岩塩を使うと良さそうに思えるが、これもやはりうまく行かない。やはり風味あっての素麺である。

そんな本田さんであるが、こだわりの材料を使ったらどうなるかについても実はこれまで研究を進めてきた。生協や自然食品店は、外国産と聞いただけでも加入者が納得しない雰囲気がある。しかし味覚は落としたくない。これまでに試作した製品は数え切れない。ぼくも試作品をいただいたことがあった。国産小麦を使ったものだが、早く茹で上がるものの腰が弱い。よりよい品質を求めて材料との闘いは続く。

たかが素麺、されど素麺

家族だけで素麺づくりをする本田さん一家。手抜きすれば楽だが、そうするとてきめん味が落ちる。それは決して手を出してはいけない領域と社長は決めている。これは家訓、社訓のようなものだ。特に子どもは敏感に味を見抜くらしい。お得意さんのなかに、孫が本田製麺でないと食べないからといって指名買いしてくれるところがあるという。実はうちの姪っ子もそうだ。ブランドは知らなくても、よその素麺だと箸を置いてしまう。「子どもは味に敏感だからほんものの素麺を届けたい」。社長はそう話してくれた。

製麺の365日

製麺所が忙しくなるのは夏だ。このときばかりは、一日中気が抜けない。お客様からの注文はひとつき待ってもらうこともあるという。

そんな製麺所もいまの時期(2月)は比較的ゆったりとしている。寒の時期の素麺はある意味ではねらいどきだ。本田家では、てっちゃん汁と称して、本田のおばあちゃん手製のあったか出汁の素麺が冬の食卓に上がる。芯から温もる。

若奥さんの和代さんは調理師の資格を持つ。訪問した際に3時のおやつ代わりにさっと素麺をつくってくれた。これがうまい。掛け値なしにこれまで食べた素麺で一番うまい。いりこと鰹出汁の湯気のなかから、うどんのような独特の食感を持つ本田家自慢の半田素麺が石けんのように匂い立つ。

(↑本田製麺がつくるうどんのような半田素麺。食感がたまらない)

同じ半田素麺の産地のなかでも、本田さんところは少し違う。それは、うどんのようなもちもちっとした食感を伴ってつるっと喉を通っていく。半分は喉で味わい、残り半分は舌で味わうのだけれど、歯で噛んで舌の上で転がしてみる。すると、小麦だったときの記憶をかすかにとどめてほんのり甘く漂う。

(ぼくの空想 → うまい芋焼酎、例えば「富乃宝山」などと味わえば…)

和代さんはこんなことも語ってくれた。「素麺を水に入れた瞬間、さぁっと透明になる一瞬があるんです。素肌美人に見とれてしまう感じ」。なるほど、和代さんも素肌美人である。夏は夏で「中華麺風が実はもっともおいしいんです」とも教えてくれた。



雄大な吉野川中流の流れに育まれた半田素麺。家族だけでつくる愛情素麺がこだわりの雑誌「メイプル」で紹介され、食通のフードコンサルタントのお墨付きとなった。本田製麺の夏はお得意さんでもなかなか手に入らない。秋から春にかけて、あったかつゆで食べる半田素麺もまた格別。季節はずれのひそかな楽しみである。


追記
後継者である勉さんがホームページを作成すべく格闘中。まだまだ完成途上だが、ときどきホームページも訪問してみては。

ずばり!本田麺
http://www.hondamen.jp/
半田そうめんコム
http://www.handa-somen.com/



(2004年2月14日)