主婦が脱サラで完全無農薬の米(有機JAS認定)をつくりました
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江戸時代からの代々農家に嫁いだ福原純子さんは、
それまでの看護師の仕事を辞め、
完全無農薬(有機JAS認定)の米作りに挑戦し、平成19年で3年目を迎えました。
今年は、1町5反の面積を作付けし、無事収穫を終えました。
あとはこのお米をお届けするだけとなりました。
しかし、福原さんは、米作りに夢中で売ることを考えていなかったことに気付きました。
倉庫に積み上がった米を見てどうしようかと途方に暮れています。 |
◆米作りの経験がない福原さんが米作りを始めたきっかけ
福原さんが嫁いだのは江戸時代からの代々農家です。
福原さん自身は農業の経験がありません。
50歳から始めた看護師の仕事を辞めて米作りをしようと思ったできごとがあるそうです。
福原さんの義父様が病気で入院して13年になりますが、
ときたま家に帰ってくると、
草ぼうぼうのわが家の休耕田を見て涙ぐむことがありました。
福原さん夫婦はサラリーマンなので、
義父様が体調を崩してからは休耕田(荒れ地)となっておりました。
義父様は春になって耕耘機の音が聞こえてくると、
田んぼに行きたい…
と唇を噛みます。
作り手がいれば田んぼは蘇るのに…
と福原さんは思ったのです。
福原さんは、ずっと専業主婦をしていましたが、
子どもが大きくなると看護学校へ通い、
50歳で看護師になり、4年ほど勤めました。
若い人に交じっていきいきと仕事をこなしていると、
長期療養の患者さんが気軽に声をかけてくれました。
若い看護師と違っておばさん看護師はとろとろしているようですが、
根気強く世話をしてくれるので安心とおっしゃっていただけたとのことです。
福原さんが仕事を辞めて
米作りを試験的に1反の田んぼで始めたのは、平成17年です。
荒れ果てた土地でしたが、つくってみると一反で30s換算で23袋も収穫できました。
これは、平均的な収量よりも良いそうです。
「これはいけるかも」と思いました。
次年度(平成18年)は、一町二反で作付けをしました。
ところが、規模を拡大したことで、草が生い茂ってジャングルのようになりました。
人手を入れて草と格闘しましたが、
広い面積を順に草取りをしていくと、また最初のところで草ぼうぼう。
結局、草は取り切れず、コンバインで刈り取るとき、
すさまじい雑草の束にコンバインが火を噴きました。
この年は穂だけを手で刈り取ることになりました。
そして、今年(平成19年)は、
人手を増強して人海戦術で草取りに挑みました。
とにかく無農薬にはこだわりました。
草の間に稲が埋没しそうな状況で、
近所の人たちが、
福原の嫁は気が狂ったのではないかと噂されるほどでした。
けれどもなんとか収穫を終え、ほっとしています。
あとは、大切に育てたこのお米をみなさまに召し上がっていただくことが夢です、
とおっしゃっています。
お問い合せ先
米づくり小七郎 代表 福原 純子さん
771-1311 徳島県板野郡上板町引野字泉野東3番地
電話/fax兼用 088-694-3178
福原純子さんの夢を聞きたいので、さらにインタビューしてみました。
◆福原家初代 小七郎を屋号に。伝説の阿波引野米をもう一度
江戸時代、この辺りは引野村と呼ばれていました。
うちの前にはお地蔵様がありますが、
そこにも引野村の文字が刻まれています。
近所のお年寄りは、
かつて蜂須賀家(阿波藩主)の御用米として引野米があったといいます。
これについては、郷土史の専門家の方々にお願いして
そのような文献があるかをどうかを当たっていただいているところです。
私の米作りには、(伝説の)阿波引野米の復活を願う思いも込められています。
江戸時代の福原家の初代小七郎から数えて現在の当主は5代目となります。
農家としての福原家の屋号は「かねこ」と言います。
表札にも「かねこ印」が刻まれているように、いまも焼き印があります。
当家には古い農機具がたくさんあります。
それらの一部は、あかさこ珈琲店
(徳島市城東町2丁目1-29、電話088-655-3917)
に展示されています。
伝えられるところによると、
家督を継いだ小七郎は次男でした。
父親は、家督を長男と次男の小七郎へ半分ずつ分け与えたとのことです。
小七郎は、人望と実力があったので、
田畑を増やすだけでなく、
讃岐から山を越えて養用(現引野養水)をつくることを呼びかけ、
引野村の村人がそこに参集しました。
私はまだ見たことがありませんが、
養水の起点付近に、
地域に水をもたらした恩人として小七郎の功績を讃えた石碑があるそうです。
初代の意思とカネコの刻印を引き継ぎ、
私は「米づくり 小七郎」として事業を始めることとしました。
◆栽培方法のこだわり
もみをまくとき
箱土には、一般に使われる化学肥料を混ぜた土使わず、
山から掘り出した赤土だけを使っています。
赤土は栄養が少ないのですが、雑菌が少ないのが特徴。
この赤土の床で種もみに水だけを吸わせて発芽させます。
ハウスのトンネルに入れて育苗
もみから芽が出かかったら3日に1回程度、水をやります。
マッチ棒の長さぐらいになると、シートを取って光を当ててやります。
夜はシートをかけて寒さから守ります。
まさに子どもの世話をしているよう。
もみだけの栄養ですから、
よその苗のように丈は伸びませんが、ずんぐりした苗に育ちます。
何にも栄養(肥料)をやらなくてごめんよといいながら育てています。
田植え
疎植栽用の田植機で植えます。いわゆる一本植えです。
複数の苗を植える一般的な方式と比べて、見た目はさびしい感じになりますが、
義父はそれでいい、と言います。
苗がしっかりしてくるまでは半月ぐらいかかります。
草取り
田植えして根が安定するのを待って草取りをします。
稲の根を痛めるため、七月二十日の土用の入りまでが草取りの勝負です。
田んぼの水
吉野川北岸用水の水を使っています。生活排水の混じらない水を使います。
有機JASの認定を受けています
有機農産物では、次のことが求められます。
- 種まき又は植え付け前2年以上、禁止された農薬や化学肥料を使用していない田畑で栽培する。
- 栽培期間中も禁止された農薬、化学肥料は使用しない。
- 遺伝子組換え技術を使用しない。
有機食品のJAS規格に適合した生産が行われていることを登録認定機関が検査し、
その結果、認定された事業者のみが有機JASマークを貼ることができます。
肥料(緑肥)
レンゲと菜の花が唯一の栄養源です。
レンゲをすきこむと雑草が生えにくくなり、
菜の花をすきこむとお米の風味にほんのり甘みが加わるようです。
水の管理
毎朝、4時ぐらいに水を入れます。
水を入れるのに一反に2時間ぐらいかかります。
水は昼間の太陽の熱であたため、
夜の気温低下に備えます。
畦草の管理
夏は畦の草が伸びるのでひんぱんに刈ります。
畦草には害虫が発生しやすいためです。
収穫
天日干しをするために、ハデを組みます。
昔ながらのナルと呼ばれる丸太に干します。
直径が15センチぐらい。足は竹で組みます。
国交省の許可を得て吉野川の竹を伐採して使用しています。
田んぼのいきもの物語
うちの田んぼには、カエルやバッタはもちろん、
タガメや野鳥の卵、黒い亀、黄色い亀がいます(そして私の苦手なヘビも)。
田んぼには、ニシキ鯉を放していますが、カラスにやられることもあります。
カラスはコイの目玉だけ食べ、昼過ぎにはゴイサギがやってきて死骸を食べます。
小さな鯉を二千尾放したところ、ひと晩でいなくなったこともありました。
錦鯉を泳がせる意味は、
鯉が泳ぐと水が濁り、雑草の発芽を遅らせるからです。
鯉はシーズンオフには、野井戸(ため池)に放して越冬させます。
(参考)タガメ…水田や水草が豊富な止水域に生息するが、農薬の普及や護岸などの環境破壊によって近年その数を急激に減らし、絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)に分類されている。都府県によっては絶滅危惧I類に指定している自治体もある。豊かな自然環境下でしか生息できないため、水辺の自然度を測る時の指標(出典「ウィキペディア」より抜粋)
◆栽培品種について
ヒノヒカリ
粒に美しいツヤがあり、そのツヤは冷めてもかわりません。
ほどよい粘りとほのかな甘みがありその食味のよさから人気があります。
平成になってから開発された生まれたての品種です。
本来、収穫は10月中旬頃ですが
最近は早期新米ブームに押され、
収穫が少しずつ早くなってきています。
コシヒカリと比べると、もっちり感は控えめですが、
甘みと艶がある万人向けの米です。
イセヒカリ
平成元年に「こしひかり」の変異種として発見され、
その後「いせひかり」と名付けられました。
この米は典型的な硬質米で吸水に時間がかかるため、
おいしく炊き上げるためには十分に水を浸透させることです。
一晩浸けておくか、
お米を洗ったあと、ざるに2時間ほど打ち上げておくと
炊きあがりがふっくら、もっちりします。
本来の味を発揮して「こしひかり」を上回るおいしいご飯になります。
噛み応えがあってしっかりした味。
昔ながらのなつかしい味という人もいます。
冷めてもおいしいので、おにぎりや寿司米にも適しています
[価格](価格については、お問い合せをしてご確認ください)
◆ヒノヒカリ
1キロ 天日干し 2000円(税抜) (平成19年度産の新米は完売しました)
1キロ 機械乾燥(1週間かけて送風乾燥) 1,500円(税抜)
◆イセヒカリ
1キロ 天日干し 2000円(税抜)
1キロ 機械乾燥(1週間かけて送風乾燥) 1,680円(税抜)
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