恐竜が出没する桃源郷のような渓谷
このところ、SF調が続いている。きょうは、恐竜が出没するという噂のある立川渓谷へと向かった。道がだんだん細くなる。勝浦川は横瀬でその向きを北に変える。昔よく水遊びをした場所だ。

岩場は背が立たない。その岩から小学生たちが飛び込みをした。でも水が淀んだ今、子どもは川で遊ばない。学校も遊ばせない。幼い頃、下流の堰(遊泳禁止区域)で泳いでいて何度か補導されたことがあった。なぜ、川で遊んではいけないのか。川で溺死するのは、川を知らないからではないのか。
 
近くの民家で情報を仕入れておこうと、家のすぐそばの畑で野良作業をしていたおばさんに尋ねてみた。
「えっ、立川渓谷。今からだと夕方になる。行かねえほうがええ」。
どうして夕方だとダメなんだろう?
「恐竜に決まっとるで。夜行性やけん夕方からはぼちぼち出てくるでよ。昼間はときどき土木工事が入っとるけど、土方の男衆も夕方になったら、いそいそと現場を離れるでよ」。

ぼくは時計を見た。15時を回っている。21世紀に恐竜がいるはずがないと思ったが、おばさんの真剣な表情は嘘を付いているようには見えない。
 
しかしぼくは後ろへ下がりたくない。行くぞ。

立川渓谷は、勝浦川がもっとも美しい渓谷を「見せた」場所である。少しずつぼくの記憶が戻っていく。

二十数年前、水はあくまで澄み、渓谷にあちこちに芭蕉が生え、猿の声が近くで聴こえる。ぼくは覚えたてのクロールで流れを遡るけど、流れに押し流されてほとんど進まない。5分も浸かっていると、唇が紫色になる。

立川のアユは日本一、と言われていた。おそらく日本一のアユは日本中あちこちにあるのだろうけど、冷たく澄んだ山間部の早い流れが良質のアユを育んだのは間違いない。両岸の深い森を刻んで巨岩を洗うように駆け抜ける渓相には秘境の趣さえ感じられる。

しかし上流にダムができてから様相は一変した。水量は減り、今では川底に腐ったコケや土砂が堆積して水が淀んでしまった。もしこの川が元通りになるのなら、ぼくは百億円だって出すだろう。しかしいくらお金を積んでも元に戻せないものがあるのだ。

以前に、この町内でまちおこしをしている人が、「ダムのどこが悪い。果樹園に水が豊富に行くようになったぞ」と食ってかかるように言った。ぼくは「こんな川でいいのか。ほかに手段はなかったのか」と切り返した。ダムでは本質的な課題は何一つ解決しない。巨額の資金と環境破壊、村の共同体を喪失し、やがては巨大産業廃棄物と化してしまうだけなのだ。

道は勝浦川本流から分かれて支流の立川へと向かう。ここから十数キロメートルは、渓相が険しいので県道は山の向こうを通る。ここからしばらくは本流沿いにクルマの通れる道はないのだ。

さて、いよいよ恐竜が出没するという立川に足を踏み入れる。入り口付近で工事をしている作業員がこれから立川を遡上していこうとするぼくを怪訝そうに眺めている。

おっと危ない!。石が崩れてきたが、クルマには当たらなかった。昨日の大雨で地盤が緩んでいる。

そのときだ。カーブを曲がる直前に何か巨大な物体が横切ったような。

肉食のチラノザウルスだ。あとを付いていくと、木陰で寝ている。起こさないようそっと近づいて写真を撮る。これはスクープだ。気が付くと、周囲には草食竜や子どもの恐竜がいるではないか。恐竜大権現まで祀ってあるぞ。
  

 

 
ぼくはさらに遭遇することを期待して上流へ進む。しばらく行くと、渓谷の対岸に民家があるではないか。しかもその民家へ行くにはクルマの道はない。人が住んでいるのだろうか。
 
ぼくは潜水橋が大好き。潜水橋を見ると、もうそこで時間が止まってしまう。アングルを変えて撮ってみる。JPEGデータとRAWデータで撮ってみる、シャッター速度を変えてみるなど。民家の存在が絶妙だな。あの家へ行くたびに、この細い小路を降りて、この石橋をわたる。でもこれぐらいの小さな橋だとちょっとした増水で浸かるはず。長期間に渡って橋が水没するときはどうするのだろう。それとももう人は住んでいないのだろうか。恐竜の居住区を過ぎると、これまた桃源郷のような場所があるなんて。


 
さらに上流へと突き進む。この先に何があるのかわくわくする。すると…。なんだ、これは。まるで渓谷の上に投げ出された露天風呂か、それともそうめんをすすりながらビールを飲んで涼むことができるウッドテラスか?
 
どこでもそうかもしれないが、日本の風景は角度を微妙に変えて絵を切り取らなければならない。この写真を見て、自然度の豊かな場所だと思って行った人は少しがっかりするかもしれない。部分的にいいのだ。ほんとうにいい川が源流から河口まで続いている時代に戻ってみたい。

恐竜がいた時代の原始の川に思いをはせながら、人の時代の21世紀に帰路につく。


追記
立川渓谷(本流)では、ロッククライミングも行われているようだ。滝や渓谷、化石についての情報もある。
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