| 火星の大接近と消えた謎の少女 |
| 火星が6万年ぶりの大接近をするという8月27日23時頃。ぼくは、なぜか運転したくなって、川沿いのハイウェーを走っていた。 中学の頃、天文学者になりかったぼくは、久しぶりに10センチ反射赤道儀を運び出し、オルソ5ミリ、オルソ7ミリ、オルソ12.5ミリ、オルソ25ミリのアイピース(接眼鏡)を積んでいた。走りながら、大気の状況が安定しているところはないだろうかと考えていた。火星観測には通常150倍以上の倍率をかけるため、大気の安定(シーイングという)が必要なのだ。 しかし、ぼくが中学の頃に買った反射望遠鏡は、再メッキしなければならない。ニュートン式反射は光を集める放物面の主鏡とその光を望遠鏡の外に導く斜鏡の2枚の鏡で構成されている。ところが反射鏡はメッキ直後が最高の反射率を誇るものの、経年変化で反射率が落ちてくる。 ぼくの反射鏡は増反射処理がなされたもので10年は再メッキは不要となっているが、購入から20年は経っている。仮に反射率が50%に落ちているとすれば、2面反射なのでメッキ直後と比べてアイピースに届く光量は1/4に落ちている。光量不足だけならそれほど火星観察には差し支えないが、コントラストが相当落ちていることが懸念される。 数年前に観測会で出会った人が持っていた口径8センチの蛍石屈折望遠鏡を覗いたときのこと。球状星団に向けたときに、目に突き刺さるような高コントラストの粒々感に驚いたことがある。さらに今では、レンズ設計は進化しているので10センチ〜15センチ級の良質のレンズでぜひ見てみたいなと思う。 そういえば、オーソン・ウェルズのラジオの実況で火星人に襲撃される放送を聴いてアメリカで人々がパニックになった逸話を思い出した。 そんなことを思いながら運転していると、橋の上に少女が佇んでいる。おや、こんなところで一人で何をしているのだろう。もしかして火星を見ているのかな。クルマを降りて声をかけてみた。 「火星を見ているんですか? よかったら望遠鏡を積んでいるのでその辺りで覗いてみますか?」 「はい、ありがとうございます。でも大接近なのでこの目で充分見えます」 彼女が指さす方向には、巨大な火星が横たわっていた。ぼくは望遠鏡を出すのも忘れて、大接近の火星に圧倒されていた。 驚いたぼくに彼女はこう言った。 「火星がこんなに近くに見えるのは、たくさんある橋のなかでも、ここだけなのです」。 ぼくは、大きな火星をさらに望遠鏡で見たくなった。こんなに大きいなら、火星の水が流れた跡まで見えるに違いない。5分で組立を終えると、少女に声をかけた。 「見てみますか?」 少女の姿は消えていた。火星大接近の日のミステリーである。 ![]() ▲戻る |